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「龍馬」で民衆をミスリード 「日本をアジアの暴力装置にするな」

日本の朝鮮侵略の端緒を開いた軍艦「雲揚号」

 NHKはスペシャル・ドラマ「坂の上の雲」の第2部(全4回)を12月5日から26日にかけて放映するという。昨年暮れに続くもので、3年をかけての大がかりな企画である。

 ご存知のように、現在は「龍馬伝」が、毎週日曜の大河ドラマとして放映されている。前者は明治国家が日清・日露の戦争を経て「成長」してゆく過程の物語であり、「竜馬伝」は、明治国家をもたらしたヒーロー坂本龍馬を主人公としたものであるが、こうしたものに力こぶを入れているNHKの背後に、体制側の意図があるのを、はっきりと見て取らなければならない。

 「坂の上の雲」は司馬遼太郎の同名小説を原作とするものであるが、明治国家の「成長」過程のみを書いたけれど、どのような成長であったかと一言で言えば、東アジアの後発の小国が、一人前の帝国主義国家へと成長してゆくということにほかならない。

 これを司馬遼太郎は「美しい物語」として描いていて、だから、日清戦争の際の朝鮮王宮の占領や旅順での虐殺、日清戦争終結、三国干渉後の明成王后閔氏虐殺など、日本に都合の悪いことは徹底して書いていない。

 そうして、その成長の結果としてどうなったかと言えば、司馬自身も書いているとおり、「日本はアジアの近隣の国々にとっておそるべき暴力装置になった」のであった(司馬遼太郎「『坂の上の雲』を書き終えて」中公文庫「歴史の中の日本」所収)。

作られた「国民的人気」

備仲臣道さん

 さて、「龍馬伝」のほうは司馬の原作ではない。史実を離れたフィクションが多いと言われてもいるけれど、いまここでは細部に立ち入ることをしない。

 一般的な見方からすれば、坂本龍馬は、薩長同盟を斡旋して討幕勢力の一本化をはかり、土佐藩の参政・後藤象二郎を動かして、山内豊信に大政奉還を建白させることで、討幕への確たる道を開いた。さらには、朝廷中心の政治綱領を作って、明治国家の政治理念の基礎を構築したとされている。

 そのことの正否をここで論じようとは思わないが、坂本龍馬を実像以上のヒーローに仕立て上げたものこそ、司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」であったことは、説明する必要もないことであろう。

 そうして、今日、龍馬モノの書籍は巷にあふれ、ときとして、龍馬自身も知らないような道を歩かされたりしているのだろうと思う。それはともかくとして、龍馬はやがて「栄光の」明治国家を生み出した、偉大な人物として賞賛され、「国民的人気」をさえ得ているのである。

 いまこのときに「坂の上の雲」や龍馬がクローズアップされているのはなぜか。

 未曾有の世界的不況の混迷の中にある日本は、いつ抜け出せるともしれない、出口の見えない闇の中で手探りをしてうごめいている。それを打開する道を体制の側から提示して世論を形成し、民衆をミスリードしようとしているのが、ここに見る龍馬や司馬史観の美化にほかならないのであって、それは、いまや新自由主義の輝ける星なのではあるまいか。

 そうして、その先に体制が民衆を引きずっていこうとしているものは、戦争であり侵略であると言っても過言ではない。こんな時代に戦争なんかあるものかという人もいるだろう。そう思いたい気持はわからないでもないけれど、尖閣列島(釣魚島)をめぐる日中の争いや、米韓合同軍事演習に見られるとおり、米国主導による朝鮮侵略へのねらいもあり、一触即発の危機は私たちの身辺にありふれたものとなっている。

 戦争こそは、行き詰まった資本主義体制にとって、延命のための常套手段だったことは歴史が語っている。

一人よがりに論じて

日露戦争で朝鮮に上陸した日本軍

 龍馬はあまりにも一人よがりに論じられ踊らされています−。これは、私淑する高名な学者に拙著「坂本龍馬と朝鮮」かもがわ出版)を送付したとき、礼状に書かれていた言葉である。また、10月5日付の朝日新聞には、高知出身の精神科医で評論家である野田正彰氏の、坂本龍馬ブームに疑問を投げかける意見が大きく出ていた。このような批判は、いまや日本人の良心を代表していると言っていいであろう。

 24年前の国鉄分割・民営化を手始めとする、労働運動の解体と労働者の非正規雇用化の動き、福祉対策は軽減され、公共サービスでは不便を強いられる。そうして、ここに見るような思想攻撃、まさに新自由主義の嵐が吹き荒れて、与野党の区別もないような日本の政治は、体制翼賛の世が目論まれているのであり、弱体化した労働組合は戦中の産業報国会になるかとさえ思われる。

 しかし、それに抗って、人間が人間らしく生きられる社会へ向けての動きがないというのではない。いまは微弱であっても、人間の良心の最後の砦として、それはあるということを、強く信じたい思いである。(作家 備仲臣道)

[朝鮮新報 2010.11.19]