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平壌映画祭受賞作 DVD販売、初上映から1年 制作者の声

「未来をあきらめなかったものたち」のワンシーン

 9月の平壌国際映画祭で上映された「未来をあきらめなかったものたち」(朝鮮語版)のDVD販売が開始された。

 昨年7月、茨城県で行われた「ウリ民族フォーラム」の第1部で上映された、茨城県における民族教育の歴史を振り返った再現ドラマ「未来をあきらめなかったものたち」。同作を記録映画として再構成した同名作品が、2年に1度開かれる平壌国際映画祭で注目を集め、記録および短編映画構成賞を受賞した。

 朝鮮国内で、日本各地に朝鮮学校があることを知ってはいても、朝鮮学校の歴史を具体的に思い描ける人はそれほど多くはない。

 平壌国際映画祭で同作を鑑賞した平壌市内の中学校の教員は、「涙が止まらなかった」と話していた。映画に映し出された、学校を守るための在日同胞のたたかいや、子どもたちの未来を切り開くために奔走する朝鮮学校の教員たちを観ながら、感動と共感の気持ちを抑えることができなかったと感想を述べた。

 10月14日には朝鮮会館(東京・千代田区)で、関係者たちに同映画祭で受賞した賞状とトロフィーを授与する催しが行われた。参加者たちの表情は一様に明るかった。

 朴英二監督(神奈川県青商会幹事)は、平壌国際映画祭に出席し、自身の作品を朝鮮の人たちとともに観られたことがうれしかったと話しながら、「海外同胞の民族教育の具体的な姿を本国の人たちに伝えられたのではないか」と手ごたえを語った。

 同作はもともと、昨年の民族フォーラムで上映されるために制作された。民族フォーラム後、同作は日本各地の同胞社会を中心に幾度も自主上映され、多くの同胞や日本人の目に触れた。民族フォーラムの実行委員らから「この作品を平壌国際映画祭に出品してはどうか」という意見が半ば冗談のように話されてはいたが、脚本を担当した李緕さんは「最初は冗談だとばかり思っていた。まさか現実のものになるとは考えてもいなかった」と笑った。

 脚本の土台となったのは、李さんが編集長を務めて2001年に発刊した歴史記録集「茨城における在日朝鮮人の歩み」だった。李さんは「資料がなかなか見つからず苦労した」と図書館や新聞社を回りながら資料探しに奔走した当時を振り返りながら、日本各地の同胞社会で自分たちの地域の同胞史を記録する取り組みが広がればと、期待を寄せた。

 プロデューサーとして映画制作を支えた尹志守さんは、李さんとは違い、平壌国際映画祭への出品に本気だったという。その根底には、より多くの人たちに、そして朝鮮に暮らす人たちにも、民族教育の姿を映像を通して伝えたいという気持ちがあったからだ。それでも「賞まで受賞できるとは思ってもみなかった」と、受賞の喜びを話した。「各地の同胞社会にはそれぞれの歴史やドラマが無数にあるはず。今、同胞の3世、4世たちも、先代の歩みをよく知らない。それを一つひとつ掘り起こして後代に(在日同胞の歴史を)残す取り組みは重要だ」と尹さんは語った。

 昨年の民族フォーラム実行委員長を務めた茨城県青商会の前会長で、青商会中央の李忠烈副会長は、「この映画を作る過程は苦労の連続だったが、その苦労以上に喜びが大きかった」と制作の日々を振り返った。

 一方、朴さんが監督を務めた短編映画「まとう」(日本語版)も同時に販売されている。同作は90年代に起きた、朝鮮高級学校女子生徒の「チマ・チョゴリ切り裂き事件」をテーマにしたものだ。

 上記2作品の販売に関する問い合わせは、株式会社「NEWSTYLE」(メール:style@newstyle.ptu.jp)まで。(鄭茂憲)

[朝鮮新報 2010.11.16]