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〈本の紹介〉 渡来の原郷 白山・巫女・秦氏の謎を追って

謎解きの鍵は「古代朝鮮」

 古代日本に多大な影響を与えた朝鮮の文化のなかで、白山信仰、巫女、秦氏の朝鮮発祥の地をフィールドワーク。その成果を基に、日本での民俗研究の第一人者である前田速夫氏が白山信仰、映画監督・前田憲二氏が巫女、日本文化論を専攻する専修大学教授の川上隆志氏が渡来の民・秦氏を新たな視点で追い、展開する。

 歴史家の故網野善彦氏は民俗学者・柳田国男以来、日本社会の基軸は農業と農民にあると考えられていたが、「百姓=農民」とする従来の固定観念に修正を迫り、また、日本が単一で均質な固有の文化を持つ島国であるという単一民族観や天皇中心の国家像も問い直すなど、日本史の常識を次々に覆す業績を上げた。本書の3人の筆者にも網野氏と共通する問題意識が明確だ。

 「日本の国柄」や「伝統」の護持を叫ぶ言説を笑うことはたやすいが、単一民族神話は深く学問の世界にも染みこんでいる。本書は、それを一つ一つ実証的に問い直し、脱・神話化を小気味よくやってのける。

 前田速夫氏は論述のなかで、白山信仰の基層には古代朝鮮の檀君神話をはじめ高句麗朱蒙神話、新羅国赫居世神話、加羅国首露王神話の原型をなす天空信仰、山岳信仰、樹木信仰、自然信仰、穀霊信仰、獣祖信仰、太陽信仰の各要素が、集中的に現れていると指摘する。そして、古代にあってはこれほど優勢で普遍的であった自然神信仰が、日本においてはある時期から見えにくくなるのは、なぜだろうかと問う。そして、それらが謎なのは、「本来は明確だった古代の信仰が、意図的に隠されてしまったからなのであった」と結ぶ。

 前田憲二氏は「あとがき」で本書の特徴について、「海を視野に入れ、三人それぞれの視点で綴られた本である」と書いている。まさしく、「日の本」というのが大陸から見た国名であることにも見られるように、日本は古来から朝鮮半島や中国と強い依存関係にあり、むしろその混合物だといってもよい。また日本列島は大陸から「海で隔てられてきた」わけでもない。古来、荷物の主な搬送路はむしろ海であり、「日本海」は朝鮮半島と日本を結ぶ回廊だった。「海」の道こそ、豊かな文化を受容するキーワードなのである。

 そうした明快な歴史観が貫かれているユニークな論考は、知的なエンターテイメント性に満ちていて、スリリング。古代朝鮮文化の残像が今も息づく南の地を探索しながら、この日本列島に有史以前から伝わった「文化・民俗・信仰」の流れを発掘しようとする意欲作。それぞれに「ややこしい」考証の過程が詳述されているが、3人の筆者の共通する視点とアプローチは「さまざまな謎を解くもっとも重要な鍵の一つは古代朝鮮が握っている」という確信と新たな発見であった。優れたルポルタージュとなっており、読んでいて臨場感があり、また、共感を誘う。

 とりわけ、川上氏の一文「渡来文化と謎の民」は、徳川時代に金山・銀山の開発に当たった渡来系秦氏の末裔・大久保長安を追う謎解きのスリルもさることながら、南の地をめぐる旅の合間に食す郷土料理のおいしさに舌鼓を打つ描写が、文章のスパイスとなっていてとてもおもしろい。(前田速夫、前田憲二、川上隆志著、現代書館、TEL03・3221・1321、2200円+税)(朴日粉)

[朝鮮新報 2010.8.27]