〈みんなの健康Q&A〉 落ち着けない子、片付けられない大人−大人編 |
私たち人間の脳は、五感といわれる視覚・嗅覚・味覚・触覚・聴覚を働かせて、外部からの音や光などの刺激に脳を使って応答し、脳のそれぞれの働きを持った領域で処理して体の器官に伝達して体を動かしています。「注意欠陥障害」(ADD)・「注意欠陥多動障害」(ADHD)の人たちは、この外界からの刺激に対して十分に対応できないために、日常生活のささいなことから大きなことまで、上手に処理することができないのです。 子どものADHDだけに限らず、大人の場合でも自己抑制や感情のコントロールがうまくできず、物事を順序立てて整理したり、計画的に物事を処理したりすることが苦手なのです。 大人の場合 ADHDの人はセルフコントロールに関わる脳の回路や領域に「何らかの原因で機能的に損なわれている領域がある」と考えられています。 人間の脳は大脳、小脳と脳幹から成り立っています。脳幹では心臓や呼吸に関する循環をつかさどり、睡眠や意識の覚醒など生命を維持していくために欠かせない働きがあります。脳幹には神経細胞で「脳幹網様体」などが分布し、外からの刺激に応じて、大脳皮質の覚醒を保持する働きがあります。 多くのADHDの人には日常生活でやらなければならないことへの「きっかけ作り」の悪さに悩む人が多く、このような人はここでいう覚醒(意識がはっきりする)が不十分なのです。 ADHDは子どもだけに見られる障害と思われがちですが、実は相当数の大人のADHD患者が存在します。年齢を重ねるにつれて多動などの問題行動は減少する傾向にあるためか、ADHDは過去に、子どもにしか発症しない病気であると考えられていました。成長するにつれて症状が少なくなるのは、問題行動が減ってきたり、患者本人が対処法を身に付けていったりすることから一見、完治したように感じるだけで、多くは完治せずに大人になっているとされています。 ADHDの子どものうち、大人になっても何らかの症状が続く割合はおよそ40〜80%と言われています。全体からすると、成人の4〜5%はADHDであるとする調査もあります。 しかし、大人のADHDは子どもの場合ほど認知されていません。仕事でミスをしがちな人の中には、実はADHDである可能性が指摘されており、治療しなければ社会的に不利益をこうむることもあり、そのような場面に遭遇することが原因で悩んでしまうこともあるのです。 大人だと、ある程度以上の仕事や家事などをこなす能力が要求されるため、障害を持っていることがわからなければ、単に「だらしのない人」だと勘違いされ、辛い思いをすることもあるかもしれません。そのような事態にならないためにも、違和感を感じたら、早めに専門の医師の診察を受けることをお勧めします。 たとえば「やらなければならないノルマがどうしてもこなせない、会議の内容を忘れて思い出せない、同じことを何回聞いても覚えられない、片づけが不得意で、部屋の中はいつも散乱している」などの症状が見受けられるようです。 「こうしたい」と自分で思っているのにきちんとできない生活上の悩みがあれば、勇気を持ってADHDではないかと専門医に相談してみてはいかがでしょうか? 大人のADHDでは注意の持続が困難だったり、細部に注意が向かないために、仕事や家事での不注意や物忘れが多かったりします。 あるいは、しばしば、約束の時間に遅れたり、約束を忘れたり、締め切りに間に合わなかったりします。子どものときに見られた顕著な多動性や衝動性は一見目立たなくなりますが、待たされたとき、自分でも我慢できないほどにいらいらして落ち着かなかったり、人の話を最後まで聞くことができず、相手の話を遮って一方的にしゃべってしまったりというような形で現れたりします。 子どもの頃にADHDだった人が大人になり、多動が影を潜め、ADDと診断が変わることが多々あります。ですからADDとADHDは厳密に分けるとにそれほど意味はなく、同じ方向の疾患と考えて問題ないでしょう。 悩まず受診を 大人のADDやADHDでは、本人の人間性や知能などに問題はないのに、社会適応性が悪かったり、親密な人間関係の持続が困難になったりすることが多いので、一人で悩むことになりがちです。 そのため、自尊心が低下して、うつや不安の状態になり、精神科・心療内科を受診されることがあるのです。もちろん、うつ病や不安障害そのものと考えられる方も多いのですが、よく訴えを聞いてみると、根本の原因は注意力の障害ではないか、と思われる方も少なからずいます。 このような、注意力の障害が悩みの原因ではないか、と考えられるケースでは、本人に相談のうえ薬物治療や精神療法を開始します。しかし残念ながら、大人のADDに対しては一部の薬しか保険適応がありません。日本でも現在、小児用のアトモキセチン塩酸塩(商品名=ストラテラ)を成人に使用できるように臨床試験が行われている最中です。 ADD・ADHDの根本的な障害は、薬物の使用でかなり改善される場合がありますが、2次障害には効果はありません。 2次障害とは、主として精神的なストレスから生ずる場合が多く、幼少時から親や教師、友人たちから「うるさい」「怠け者」「おっちょこちょい」「何一つまともにできない」「だらしがない」などの言葉をさんざんに浴びせられ、また自分でも「他人にできることが自分にできないのは自分が怠け者だからだ」と自責の念に駆られ、自己嫌悪に陥ることが多いようです。こうした長期間のストレスから、人間嫌い、人間不信、対人恐怖、はてはうつ病に至る場合もあるのです。最近は子どものうちに障害が発見され、薬物やカウンセリングなどそれに適した治療が施され、早々と障害による不利益を克服することも可能になっています。 このように、ADDなどについて説明をすると「自分も、もしかしてADD?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。なかには反応性の適応障害や、うつ病などの中にも一時的にADHDに当てはまってしまう症状の方もいます。ですから鑑別は難しく、悩んでいるならば一度メンタルクリニックに相談をされてみてはいかがでしょうか? 受診するときに、今まで気になっていた症状などをメモにまとめ、いつ頃から自覚しているかなども整理し医師に伝えることが診断・治療に有効な手立てとなります。 ADDの特徴 ADDの特徴として、一つのことに集中してしまうと他のことがおろそかになってしまい、まったく気がつかなくなる傾向が強いというものがあります。反対にその症状が大きな仕事を成し遂げるのに幸いする場合もあるのです。 ADDであることがはっきりしながら、実業家、医師、弁護士、カウンセラー、芸術家、スポーツ選手として成功している例は数えきれません。同じ知能レベルでも、常人の及ばない集中力を発揮した結果、と言えるかもしれません。 ADDの方には、適職に就いて充実した人生を送り、すばらしい家族に恵まれているケースも少なくありません。ですから、ADDは厳密には「障害」とは言えず、むしろ「個性」ととらえて、それを生かすように心がけることが一番大切なのかもしれません。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/) [朝鮮新報 2010.8.20] |