〈本の紹介〉 オサヒト覚え書き |
亡霊が語る明治維新の影 朝鮮侵略の非道告発 題名「オサヒト」とは孝明天皇のことである。オサヒトの亡霊が登場する奇抜な形式がとられているこの書物には、朝鮮に関する部分が多いので、それを中心に評を試みたい。 まず、米国のシャーマン号の侵略と敗北、フランス東洋艦隊の侵略と敗退(丙寅洋擾)については、祖国防衛に決起した朝鮮人民の戦いを称える視点で語られており、南廷宮墓の盗掘の無道ぶりも批判している。続いて桂・タフト密約後のハーグ密使派遣とそれに怒った伊藤博文の朝鮮侵略の早期実現が論究されている。閔妃虐殺については「アメリカ大使の指示でアメリカ軍が皇居に侵入して美智子皇后を…殺害し凌辱した…」のと同様だと説得力のある例を挙げて糾弾し、主謀者の三浦梧楼を朝鮮公使に任命した伊藤博文の責任を糺している。 義兵闘争については李鱗栄と李殷賛の率いる数万の義兵軍がソウルを目指しながらも敗退した戦いを称賛している。安重根義士については伊藤博文の罪状15項目に基づく法廷闘争、および「東洋平和論」の評価を軸にして義挙の称揚にかなりのページを費やし、それに続く植民地化のプロセスを明らかにしている。 本書は全20章のうち「江華島事件」を17章で扱っている。フランスの法学者ボアソナードの指南で事件を企む明治政府の陰謀に始まり、事件の発端と侵略の手法、経緯を追及し銃剣の威嚇で江華島条約を締結した横暴を批判している。この章ではスウェーデンのジャーナリストのグレブストの目に映じた、日本兵の目に余る朝鮮人虐殺の非道を生々しく伝え、日帝の朝鮮侵略の非道を象徴的に浮かび上がらせている。 独島が朝鮮国有の領土であることを江戸期(元禄8年=1695年)にさかのぼって検証し、明治政府も独島を「本邦に関係なしの儀」とした事実を明らかにしている。 920ページを越す浩瀚の本書は、皇統の争いである南北朝抗争の内幕を詳述し天皇が決して神聖ではなく常に時の政権に利用されてきたこと、明治政府もまた天皇を「現人神、絶対不可侵の存在」に祭り上げて支配機構を強化したことを論証している。著者が明治天皇を足利尊氏の子孫だと推定しているのには一驚を喫した。 明治維新の研究書は枚挙にいとまがないが、本書は維新にかかわった人物をもって物語風の筆致で綴られている。歴史を興味の尽きない読み物風の名著に仕上げることができたのは著者が当代を代表する詩人の一人であって透徹した歴史観を体得しているからに外ならない。明治維新が朝鮮にとって何であったかを知る上で必読の書だといえる。(石川逸子著、一葉社、3800円+税、TEL03・3949・3492)(卞宰洙 文芸評論家) [朝鮮新報 2010.6.25] |