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「軍艦島」の作者・韓水山氏が記念講演 「過去は、ずっと残っている」

戦争、被爆、強制連行による3重の労苦

 「『軍艦島』を語る〜日本の人びとへ〜」と題する記念講演会が5日、東京都新宿区内のセントラルプラザで行われた(主催=「日韓の女性と歴史を考える会」、代表=鈴木裕子氏)。講師は、「軍艦島」の作者である韓水山氏(64)。1946年南朝鮮の江原道で生まれ、若くして文壇デビューを果たし、現在は世宗大学の教授を務める。

残忍な拷問体験

韓氏の講演が行われた会場

 同講演会では、まず司会を務めた鈴木代表が韓氏について紹介した。

 続いて韓氏が演壇に立ち、「軍艦島」を書いた理由とそのいきさつ、日本での取材の過程、長崎の牧師、故・岡正治氏との出会いなどについて語った。

 小説「軍艦島」(上・下=原題は「カラス」)は、アジア・太平洋戦争下の朝鮮人の強制連行・強制労働、さらに原爆被害をテーマにした硬派な作品。日本でも静かなブームになっている。

 同氏は72年に短編小説「四月の終わり」でデビュー、ベストセラー作家となる。しかし光州事件の翌年、81年に新聞小説で大統領をやゆしたとして当局に逮捕された。そしてある日、理由もわからないまま目隠しをされ済州島に連行される。そこで国軍保安司令部(保安司)から電気拷問や水拷問などあらゆる残忍な拷問を受けた。後に釈放されたが、事件は徹底的に陰ぺいされ、新聞やテレビで報道されることもなく、7年後にやっとその事実が公表された。体の傷は消えても、癒えることのない大きな傷を心に負った同氏は、「人間にとって一番大切な愛だとか友情、義理、信頼という感情を失い人間に対する嫌悪感さえ抱くようになった。その後3年間、文章をまったく書けなくなってしまった」と語った。88年、南朝鮮で行われた大統領選では、かつて韓氏を拷問した「保安司」司令官だった慮泰愚が当選した。南の実態に幻滅した同氏はその後、約4年間日本に滞在し「軍艦島」の執筆のための取材を進めた。

すべてを奪われた

講演を行う韓水山氏

 「泣きやまないと日本の巡査が来るぞ」と幼いころから言い聞かされ、反日感情を抱き続けていた韓さん。しかし、実際に移り住むと人々は親切で、日本の別の一面を知ったと語った。

 「軍艦島」を書くきっかけとなったのは、東京・神田のある古本屋で、「原爆と朝鮮人」という本に出会ってから。「軍艦島」とは、長崎県にある端島の異名で、戦艦「土佐」と似ていることに由来する。そこは海底炭鉱で、太平洋戦争時多くの朝鮮人が強制連行された地獄のような現場だ。韓氏はこの著書と出会って初めてその事実を知った。実際に端島に何度も足を運んで調査をし、その時代を体験した多くの人々に実際の話を聞いて回った。

 ある日の夜、ホテルの部屋で当時の資料や写真を眺めていると、散らばったそれらの資料から犠牲者たちの悲痛な呻き声が聞こえるかのような錯覚を覚え、涙を押えることができなかった。「この世には愛や希望に溢れた美しい話がたくさんあるのに、なぜ自分がこんな残酷な話を書かなくてはならないのか」。そういった葛藤に幾度も悩まされたと話す韓さん。

 取材を重ねるうちに1人の男性と出会う。彼はストーリーのはじめに15歳の少年として登場するのだが、端島で強制労働を強いられたうえに長崎で被爆、妻と子も家を出てしまい、すべてを失うという悲惨な過去を持つ。70歳を過ぎるまで一人で過ごし身も心もボロボロだった。この少年の人生を奪ったものはいったい何だったのか? そう考えたとき、「その答えを明らかにし、歴史の事実を復元しなければ」というその重みと必要性を痛感したという。

 「自分がやらないで誰がやるのだ」という強い思いで、15年という長い歳月をかけて小説「軍艦島」を完成させた。

 朝鮮が日本の植民地支配下にあった当時、端島に強制連行された朝鮮人は過酷な労働を強いられた後に原爆の被害にもあい、2重3重の苦難を強いられた人も多い。同氏は「人間が造り出した一番悪いものは戦争であり、その中でももっとも醜悪なものが、無差別的に一瞬で多大の被害を出す原爆である」と述べた。

分断の責任は日本に

 「韓国併合」100年にあたって、過去100年間をどう考えるかについては、「朝鮮半島と日本の問題が未だに解決されないのは、本質的な事柄と向き合ってこなかったからである」と指摘する。「近年『韓流』ブームなどもあり日韓関係が上手くいっているように見えるが、それは『氷山の一角』に過ぎない。水面下の見えない部分には厳しい過去の歴史が横たわっていることを決して忘れてはいけない。戦後に生まれた私ももう大人になった。そうやって時代は流れていくが、過去はずっとそこに残っている。この小説を読んだ人々が、どのように生きていくべきかを考えてもらえればと思う」と話した。

 講演の後、質疑応答が行われた。最後に鈴木代表が「この小説には平和へのメッセージが込められている。民族差別をする側がいかにこの現実を受け止めるかということが重要だ。南北の分断が続いているのは日本の植民地支配の結果によるもので、日本の責任は多大であり、そういった歴史認識を持つことが重要だ」と述べた。(尹梨奈記者)

[朝鮮新報 2010.6.23]