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〈みんなの健康Q&A〉 根拠のない自信(上)−あるケース

 ここ数年、メンタルクリニックに会社の上司が自分の部下のことで受診(相談)されることが多くなりました。「部下に対する接し方・指導の仕方」の相談のため、来院されることが多いようです。

 先日、ある会社の人事担当者が来られたとき、最近の新入社員の特徴を「叱ると萎縮する・自信過剰・やる気があるのかどうかわからない」と言っていたのが印象的でした。クリニックで診療をしていると、医療マター(医療の守備範囲)を飛び越した相談もときにあり、このような相談だとアドバイスに苦慮することが珍しくありません。桜が咲き、新入学生・新入社員で街はあふれかえる4月だからこそ、今回は「根拠のない自信」に対する誤解・危険性について考えてみたいと思います。

不安を感じない

 「根拠のない自信」というこの言葉は、最近、有名な脳科学者が唱えています。似たような言葉に、作家の渡辺淳一さんの本から引用し、日本の首相も「鈍感力」と言っていたのも記憶にあります。この「根拠のない自信」という言葉の意味するところは、日頃からポジティブに思考することで脳の活性化を起こさせ、それによって「自分が思っている以上の実力を発揮する」とでも言うべきことなのでしょうが、しかしこの言葉の裏には重大な「副作用」が含まれているのです。

 例えば、ヨチヨチ歩きをしだしている子どもが、歩くのを怖がっていては成長することはできないでしょう。まさしく幼児期の子どもは「根拠のない自信」に満ち溢れていたはずです。しかも親という「安全基地」があれば、不確実性に適応することができる。これは大人も同じことで、不確実性に不安を感じるのは、その大人にとっての安全基地がないからだという内容の一部だったと記憶しています。

 こういった話題をわかりやすく説明した本も、最近では続々と出版され、大変話題になっています。要するに物事をポジティブにとらえ、必要以上に不安を感じず、自分の可能性を自ら摘まないようにする。「敏感すぎる人には良い結果が訪れない」ということを伝えたいのでしょう。「根拠のない自信」を持つことは脳の可能性を最大限に引き出すことにもつながり、良いことなのでしょう。私もこの点は賛成です。

 現代社会は情報社会とも言われ、インターネットを利用すればほとんどの情報を「いつでもどこでも」瞬時に引き出すことができます。その影響でしょうか、最近は「根拠のない自信」をもつ若者が増えているように感じます。チャレンジ精神は若者の特権です。誰しも子どもの頃は「根拠のない自信」を抱いていたでしょう。しかし、最近この「根拠のない自信」が一人歩きをし、その「副作用」に気付かない人たちが大勢いるのも事実です。

「不当評価」と思い込む

 先日、週に一日勤める精神科病院に大学病院から臨床研修医が実習に来ました。その中にこんな医師がいました(すでに国家試験に合格しているので、彼は「学生」ではなく、紛れもない「医師」です)。

 彼は、仕事中も色あせたヨレヨレのジーパンを履き、白衣の上から背中に派手で大きなバックプリントのあるTシャツが透けて見えていました。髪の毛は渋谷あたりで見かけるような「ツンツン」した髪型です。実習3日目には昼休みにコンビニに出かけ、あろうことか少年誌を購入し、病院の医局で読もうとしていました。私も見かねて、彼を別室に呼び、「キツイお灸」をすえたら、彼は「自覚がありませんでした」とあっけなく素直に謝罪しました。

 しかし、後から聞いた話では、彼の所属する大学病院でも指導教官と何度も態度・服装で揉めたそうです。彼は自分より立場が上のものにはその場で取り繕うことを言い、後で同僚らには「これからも自分のスタイルは崩さない。わかってもらえる人にわかってもらえばよい」と言っていたそうです。これは典型的な「根拠のない自信」の悪い例でしょう。

 確かに世の中には「腕の良い医師であれば、外見など気にしない」と言う患者さんもいらっしゃるでしょう。しかし、私はこの医師に家族を診てもらいたいとは、正直思いませんでした。きっと彼は、自分がどういう立場で、周囲からどういう風に見られているかという感覚が欠如しているのでしょう。「根拠のない自信」と「独りよがり」は「紙一重」の違いでしかないのかもしれません。

 実社会を知らない子どものときの自信なんて根拠のないものです。しかし、成長するにつれ「壁」にぶつかり、挫折を繰り返し「身の丈」にあった自信を身に付けていくもの、と私は思っています。しかし最近、このような「根拠のない自信」に満ちた若者によく遭遇します。彼らは挫折の経験から学べず、なかには鬱状態に陥る人もいます。また、「まわりの人が自分を不当に評価する」と周囲を責めてしまう人もいます。

 たしかに、成功・失敗は個人の能力の差よりも環境や運に左右される場合が意外と多いものです。しかし、不遇のときでも不安感に負けずに目標と自信をもち続けることができれば、成功につながるのです。そんな自信の根拠には、子どものときの親から承認され続けた経験がベースになっている場合が多いのです。

 根拠のない自信家タイプには、「その気になれば自分はなんでもできる」という万能感をもっている方が多いようです。しかし、実際に行動に移し、成果をあげた経験はほとんどありません。普通は、そこで我に返り謙虚になるものですが、プライドだけが突出して高いと、裏付けになる実績やスキルが伴わなくても、「自分は優秀だ」と勘違いして、大言壮語を繰り返してしまいます。

 ところが社会に出ると、理想とはかけ離れた現実が待っています。自己防衛から現実逃避の気持ちが強くなると、「この会社では自分のやりたいことができない」などと言って、自ら転職活動にいそしみ始めます。最近は入社して半年も経たないうちに辞める若者も珍しくなく、近年の離職率の高さはニュースにもなったほどです。

 次回は新入社員の心得などについて考えてみましょう。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2010.4.7]