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〈本の紹介〉 聞き書き 知られざる東北の技

心のひだに入り込んで

 本紙に「遺骨は叫ぶ」を執筆中の秋田県能代市に住む野添憲治さん。生まれ育った秋田や東北の地に立脚して、地域に生きるさまざまな人々の生活史やルポを書き続けてきた。

 本書は、これまであまり脚光をあびることがなかったヒカワ職人、アケビ油絞り、船大工、会津木地師などの職人たちから聞き書きしたものをまとめたもの。野添さんが話を聞いたときには、すでにその仕事から離れている人もいて、社会的にはその職業自体が消えているものもあった。さらに、話を聞き終えて、一冊の本にしようとご本人たちに連絡をとったときには3人が他界されていたという。そういう意味でも、本書がいかに貴重な仕事であったかを想像できよう。

 しかも、他の職人たちもそれぞれ70代、80代を過ぎ、後継者もなく「この仕事は俺で終わり」という人がほとんどだという。その意味で著者が「最後の立ち会い人」と自認するのもうなずけるのである。

 とにかくどの人の話も濃く、凄まじい。ただ者ではない人生を歩んできた。厳しい東北の自然、そして貧しさに負けず生きてきた人たちばかりで、根性が座っている。「北限の海女」「桶樽職人」「凧職人」「養蜂家」…。珍しい職業や職人の魅力ある世界が広がる。近代や戦後という時代に押し流されまいとあえぐ人々の思いが込められている。

 言い知れぬ人々の思いを聞き、記録する−野添さんが続けてきた豊かな仕事が映し出されている。なぜ、このように聞き書きを長年続けて来ることができたのか。野添さんはこう答えるのだ。「わたしは人間が好きだからなんですよ」と。

 民衆のなかから噴き出す哀歓や怨念。そういう人たちと心の琴線がふれあったときに感じる真実の言葉。聞き書きの達人である著者は、民衆こそ豊かな表現方法を持っていると信じてやまないのだ。そして「歴史の表面には顔を出していないが、確実に歴史とともに生きた民衆の重さは、その民衆の内部にまで深く入り込まなければならないと判らない」と強調する。

 「語る人の心のひだにまで深く入りこむ」、そして、人の人生に黙って耳を澄ませて聞きながら、その人の生きてきた道筋を自分もその人とともに生きる。 取材する共通の立場の者として肝に銘じたい言葉である。(野添憲治著、荒蝦夷、1700円+税、TEL 022・298・8455)(粉)

[朝鮮新報 2010.2.26]