〈渡来文化 その美と造形 4〉 法隆寺金堂壁画 飛天図 |
法隆寺金堂内陣上方の小壁は、仏壇の上方を10区の柱間とそれをさらに二分して、縦139センチ、横71センチの20面の壁面としている。荒壁から仕上げ壁まで三層に塗り重ね、その上に質のよい白土を薄く塗った壁面に、二体ずつ、合計40体の飛天が描かれている。飛天とは、諸仏の周囲を飛び交いながら、礼賛する天人のことである。 対になった壁画の飛天は、左手に華盤(供花を盛った大皿)を持ち、右手で花を撒きながら(散華)、天衣を翻し、斜め右前方に向って金堂の諸仏の頭上を飛翔する姿に描かれている。 飛天は丸顔で、上半身は裸、胸飾り、臂釧、足釧を着け、天衣は微風にたなびきながら曲線を描く。 使用されている顔料は、赤系のベンガラ、緑青、白土、墨などで、使用している色彩は受ける感じよりは多くはない。それは、二体一組の飛天それぞれに裳と天衣の色彩を変え、壁面ごとに組合せを変えるなどの技法による。さらに、飛天の肉身にも幾種類かの色分けがされていた形跡がある。肉身部分は薄くぼかし、裳や天衣は衣褶を一つおきに濃く薄くぼかして色合いに変化をつけている。 法隆寺金堂の外陣廻りには、飛天のほか、四面の壁に西方浄土図、諸菩薩像4面からなる壁画や山中羅漢図が描かれていた。これらは火災のため焼失し、現在、火災前に解体してあった内陣小壁と飛天が、重要文化財として保存されている。 朝鮮では、仏教伝来以後築造された古墳の壁画にさまざまな飛天が描かれている。 高句麗では、4世紀末に築かれた輯安県の舞踏塚や、長川第一号墳の壁画に散華の中を舞う飛天が描かれ、また、5世紀末築造の安岳二号墳の東壁の下や、平壌近郊にある7世紀築造の江西大墓には、玄室の天井の長押にあたる壁に神仙図とあわせて飛天が描かれている。 6世紀初の百済の武寧王陵から王妃の枕が出土した。その枕の金箔で縁取りした亀甲紋の中に、白、黒、金で、蓮華からいままさに生まれ出て飛天となろうとする飛天誕生図が描かれている。 新羅ではエミレの鐘≠ニして有名な奉徳寺の梵鐘に飛天が描かれるなど、寺院金堂の壁面や梵鐘に多くの飛天が描かれている。 飛天の解説については「飛天」(奈良県国立文化財研究所 飛鳥資料館、平成元年10月)を参照して書いた。同館に謝意を表するものである。(朴鐘鳴 渡来遺跡研究所代表、権仁燮 大阪大学非常勤講師) [朝鮮新報 2010.2.8] |