〈みんなの健康Q&A〉 躁うつ病(下)−治療、対処法 |
「躁うつ病」では、前回お伝えしたように両極端な二つの症状が現れることが特徴で、躁状態からうつ状態を経過して治る、あるいはうつ状態から躁状態を経過して治る、という風に、一連の病相として現れる場合も多いようです。 躁状態やうつ状態にいたる原因の一つとして、脳内の情報伝達の乱れによるものが考えられています。ストレスは発症のきっかけにはなりますが、直接の原因ではありません。治療薬の作用などから、躁状態、うつ状態では、ドーパミンという脳内の神経伝達物質の機能が変化(不調化)しているのだと考えられています。 一方、これらの神経伝達物質が変化して、うつ状態や躁状態になる理由は、今はまだハッキリとは解っていません。また「躁うつ病」の原因は、ある程度、遺伝も関与しているとも考えられていますが、どの程度影響しているのか、は現時点でも不明です。これらの体質は、多数の遺伝子と環境の相互作用によって決まると考えられており、「躁うつ病」は一つの遺伝子の異常で起こる遺伝病ではありません。 それでは次に、治療法・対処法について説明しましょう。「うつ病」は「うつ症状を良くする」ことが治療目標ですが、「躁うつ病」では「躁・うつ症状の波を、いかにコントロールするか」が最大の治療目標になります。「躁うつ病」は、放置すると再発を繰り返しやすい病気ですが、再発予防に有効な薬物がいくつかあります。これらを上手に使うことで、かなりの程度、コントロールすることができるようになりました。 「躁うつ病」の再発予防に用いる薬の代表格はリチウムで、「気分安定薬」と呼ばれています。リチウムは最近、新聞紙上にもよく取り上げられています。身近なところでは現代人の必需品・携帯電話の「電池パック」にその名前が表記されています。リチウムは、塩類等のミネラルの仲間で、人の身体にも少しとはいえ、元々含まれているものです。このミネラルが「躁うつ病」の特効薬になることが1949年に発見されており、たくさんの患者さんが現在でもこの薬によって治療を受けています。リチウムは、躁状態、うつ状態への効果だけではなく、予防する効果も併せ持っています。その他にもカルバマゼピン・バルプロ酸ナトリウムはリチウムとともに、現在では、「躁うつ病」の基本的な気分安定薬として多くの患者さんに使われています。 また、「躁うつ病」の治療目標は、他の精神疾患と同じように「再発を防ぎ、普通の社会生活を送れるようにする」ことです。文章にすると仰々しいですが、生活習慣病である高血圧・糖尿病に置き換えても同じことが言えます。 躁状態を早期にコントロールし、社会生活への悪影響を最小限に留めることが大切です。治療によって躁状態、うつ状態は、必ず治るものですが、たった1回の躁状態でも、放置していると社会生活に大きな影響を与える可能性があります。さらに2回、3回と躁状態を繰り返えせば、おのずと家族との折り合いが悪くなってしまい、離婚・絶縁の原因になったり、失業したり、信用を損なったりと、社会的生命の危機にもさらされかねません。 「躁うつ病」には、残念ながら、明確な治療のゴールはありません。しかし、治療をしないで放置をすると、多くの場合、再発してしまいます。「あの時はちょっと気が高ぶっただけ…」「自分だけは二度と再発しない」などと軽く考えがちな人もいますが、「躁うつ病」にかかったことを受け止め、病気を受け入れることが治療の出発点となるのです。世の中には多くの病気があり、中には糖尿病、高血圧などの慢性疾患もあります(むしろ慢性疾患の方が多いかもしれません)。ひとは無意識にトラブル(病気)を認めようとしない傾向があります。大切なことは、なかったことにするのではなく「自分でコントロールする」意識を持つことも大事な一つの考え方なのかもしれません。 診療をしているとしばしば「私はいつまで薬を飲まなくてはならないのですか?」と患者さんに質問されることがあります。私は糖尿病・高血圧を例に「薬を飲まず、修行僧のように一汁一菜で人生を過ごすのか? 最小限度の薬を飲み、ある程度の御馳走やアルコールを楽しむ、自由な世界で人生を過ごすのか?それは貴方が自由に決めて良いのです」と説明しています。 確かに、薬を飲み続けなくてはならないことは苦痛な選択なのでしょう。しかし一度しかない人生には、いろいろな生き方があって良いのです。一つの病気も持っていない人はいないでしょうし、もし病気を持っていたとしても、普通に生活している人がほとんどです。「躁うつ病」も、身体の病気と何ら違いはありません。 次に、ストレスについて言えば、ストレスは、再発の一因になりえますが、「自分にとって何がストレスか」に気づき、ストレスがありそうなら事前に予測し、それを避けたり、いくつものストレスに対する対処法を持ったりすることで、ストレスを軽くすることができるのです。 うつ状態、躁状態になった患者さんに対して、家族は、どう対処して良いのか、 途方にくれることもあると思います。 しかし、家族が「躁うつ病」について正しく理解し、医師と患者さんとともに一つのチームとなって治療を進められるようサポートすることはとても重要です。それから家族を含めた周囲の反応としては、躁状態を迷惑と思う一方、うつ状態は軽く考えがちな傾向があります。それとは逆に患者本人は、うつ症状は強く訴える一方、躁状態を軽く考えるのが通常です。躁状態のときは、家族の人たちも、患者さんの突飛な行動につきあうことに疲れきってしまうことが多いようです。 躁状態のまま、長い間家ですごすと、家族の人たちは、次第に患者さんに対して、それまでのようなあたたかい気持ちをもつ心のゆとりがなくなり、怒りや恐怖感さえ持つようになります。本人と家族の関係が悪くなりすぎない前に、入院した方が良い場合もあります。また、家族が躁状態になってしまっても、「どうしても本人が受診を嫌がる」という場合もあります。こうした場合、まず家族の方だけでも精神科、心療内科を受診してみてください。 家族自身も、一人で問題を抱え込まないことが大事です。すでに説明したように、「躁うつ病」の患者さんは、自分が今、うつ状態なのか、ちょうど良いのか、躁状態なのか、しばしば解らなくなることがあります。その結果、周囲からみると「ちょうど良い状態だ」と思えるのに、「躁うつ病」の患者さんは、「まだ不十分である」と判断し、むしろ躁状態の頃を「元気な本来の自分」と考え、それを目標にしてしまう傾向がよく見られます。 治療目標を明確にするために、主治医や、家族に確認することは、とても大切なことなのです。「躁うつ病」の治療の基本は、患者、家族、医師の3者による、「病気のコントロール」という一つの目標に向かった共同作業なのです。(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/) [朝鮮新報 2010.1.13] |