〈続 おぎオンマの子育て日記-F-〉 芸術コンクール |
1年前の夕方、下の2人を連れて車でどこかへ行った帰り道に交差点で信号待ちをしていた。すると、手前の駅の方から線路沿いの道を歩いてくるチユニが見えた。チマ・チョゴリの上に紺色の体操服を着て、無意味に重い学校指定の黒いカバンを斜めに掛け、タオルで口元を押さえながら歩いている。吐き気をこらえているのだろうか。驚いてクラクションを鳴らし、呼び寄せた。走って車に寄って来たチユニは笑顔だった。 「口を押さえてたけど、気分でも悪いの?」と聞くと「ああ」と言って握っていたタオルを開く。トロンボーンのマウスピースが握られていた。特急の通過待ちの時間がもったいないから、手前の駅で降りてマウスピースを吹きながら歩いてきたのだという。頭の中には芸術コンクールで演奏する曲が響いていたのだろう。彼女のトロンボーンはメッキがすっかり剥がれた、場末のジャズバーで渋いおじさん奏者が吹いていそうな代物である。 吹奏楽部はサッカー部やラグビー部に次ぐ大人数のクラブだが、厳しくて優秀というよりは、とにかく楽しいという評判だ。中央芸術コンクールでも金賞から遠ざかって久しかった。それでも、40人を超える仲間がそれぞれに自分の役割を果たして1つになる演奏は心がこもっていて迫力があって、私はとても気に入っている。チユニが指揮を見つめる目も、周りの音を聴き、自分のパートが近づいて楽器を口にあてるその瞬間の表情も好きだ。 今年の中央芸術コンクールには全国14校の吹奏楽部が参加した。すべての審査が終わると全員で演奏する時間がある。400人近い朝鮮学校吹奏楽仲間による合同演奏だ。これが見たくて、無理をして東京まで出かけたのだ。ホールを震わすほどの迫力に心が震えた。そして、チユニたち、東大阪朝鮮中級学校吹奏楽部は25年ぶりに優秀作品に選ばれた。審査のあった日の深夜、電話で報告するチユニは、おいおいと声を上げて泣いていた。「おめでとう」と伝えたが、「ありがとう」とも言いたかった。(李明玉) [朝鮮新報 2010.12.3] |