「長崎・佐賀トンポ大納涼フェスタ」、今年も開催 |
「集まりたい」とのニーズに応え 「第2回朝銀西佐賀支店長崎・佐賀トンポ大納涼フェスタ2010」が7月31日、佐賀県立森林公園みどりの森県営球場で行われ、佐賀、長崎の同胞約200人が集まった。
野球場を貸切
佐賀県、長崎県の同胞社会は近年、同胞たちが集まってにぎわい交流する場が少なくなっていた。昨年、朝銀西信用組合創立10周年を記念して初めて開催された第1回納涼フェスタは、予想を上回る数の同胞たちの参加のもと、大成功をおさめた。きびしい現状の中でも同胞社会を活気づけようと行われた納涼フェスタから1年、「今年もやりたい」と納涼フェスタを心待ちにしている同胞たちからの熱い声に応えようと、2回目の開催が決まったという。
野球場を貸し切ってからの開催は、昨年に続く形。当日の野球試合終了後、実行委員らと同胞が一丸となって椅子やテーブル出し、舞台や売店を設置して会場づくりを行い、フェスタがスタートした。
舞台では、弱冠14歳でアジア勢初のジャグリング世界チャンピオンに輝いた、金昌幸さんのライブパフォーマンスから始まり、佐賀土曜児童教室に通う子どもたちの合唱、佐賀女性同盟によるチャンゴ演奏と合唱、福岡朝鮮歌舞団による歌と踊りが披露された。とくに土曜児童教室の子どもたちが朝鮮語で歌を歌う愛らしい姿には、会場から歓声があがった。
会場に設置された売店では、佐賀女性同盟が準備した冷麺、朝銀西職員たちが作った各種料理が並んだ。参加者たちは互いにお酒を交わしながら、楽しいひとときをすごした。
福岡からも同胞が駆けつけた。今年、学校創立50周年を迎える福岡朝鮮初級学校の趙星来校長(41)は「卒業生約1000人のうち、長崎・佐賀出身の卒業生は80人。創立50周年をともに心から祝いたい」と呼びかけた。創立50周年に際してフェスタ実行委と朝銀西佐賀支店から同校に寄付金が贈られた一方、九州青商会からは佐賀土曜児童教室のための贈呈金が手渡された。 第1回と同様、今回も参加者から参加費は一切とらなかった。地元の同胞商工人たち、そして朝銀西佐賀支店からの協賛金で、フェスタの運営をまかなった。 実行委員長の゙光英さん(48)は「『まずは集まろう』というのが、当初からの趣旨。佐賀と長崎の両県にまたがって納涼フェスタを行うことによって、規模も大きく出来るしつながりも生まれる。納涼フェスタが同胞たちの中に定着した後は、これをいかに続けていくかが重要。長く続けていくためにも、実行委の中には30代の若い同胞を積極的に登用した」と話す。そして「今後、同胞が集まるための地域密着型の場をいかにつくっていくかという問題は、長崎、佐賀だけの課題ではないと思う」と述べた。
「力をもらった」
今回は、昨年に比べ参加者の層がより一層広がった。普段、総連の組織と関わりを持たない同胞が10世帯以上も来たという。中には、今まで同世代の同胞と出会う機会がなかったという30代の若い同胞、さらには同胞が誰もいない長崎県の離島から、はるばるやってきたという家族もいた。 参加者が多様になった理由として、昨年初めて行われた納涼フェスタに訪れとても満足した同胞たちが、今年は自分たちの子や親戚に声をかけ、一緒に訪れたという背景がある。今年、新たに息子夫婦と孫を呼んで参加した1世同胞もいた。 また何よりもフェスタ準備期間、実行委らと朝銀西の職員が一丸となって、動員活動を行ってきたことも大きな要因となった。同胞が住む場所と聞けば直接たずね、300枚以上のビラを配ったという。
長崎の佐世保市からやってきたという李学守さん(52)は、「自分は日本学校出身で普段は同胞とのつきあいはほとんどない。けれども、子どもたちに自分の同胞と出会ってほしいという思いでやってきた。こうやって集まると、みなきょうだいみたいに思える。言葉なくとも、この光景に力をもらえる」と話した。
長年地域の同胞社会を支えてきた1世、2世同胞たちも満足げな表情を浮かべていた。佐賀市に住む李必来さん(73)は、「昔は佐賀も同胞たちが多くて活気があったが、今は帰化した同胞も多いし、みんな離ればなれに暮らしているから、頻繁に集まることもできなくなった。だからこういう集まりが本当に大事だと思う。今日も友だちに1年ぶりに会えた」と顔をほころばせていた。 朝銀西・佐賀支店の李歳章支店長(40)は「今日の納涼フェスタを、本当にたくさんの同胞たちが待ち望んでくれていた。納涼フェスタの開催は、日本で同胞社会をつくり民族の魂を植えつけてくれた1世たちの代を、4世、5世が受け継いでいくことにもつながるだろう」と語った。(金里映記者) [朝鮮新報 2010.8.11] |