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弁当の日

 「『弁当の日』が学校で広がっている」

 こんな新聞の見出しに、興味と少しばかりの疑問を抱きながら「弁当の日」シンポジウムに参加した。

 ウリハッキョの場合、毎日が「弁当の日」であり、それはオモニたちの日常である。私の母も3人の姉弟に高校までの17年間、毎日弁当を持たせてくれた。弁当で育つウリカジョン(同胞家庭)ではごく普通の話である。

 昨今取り組まれている「食育」の中でも「弁当の日」プロジェクトは、食に関する知識が身につく、家庭での会話が増えた、食べ残しが減ったなどの成果を上げ、今では小学校から大学まで300校近くで実施されているようだ。

 シンポジウムの参加者は、大学教授をはじめ料理研究家、出版関係者、医師…と広いジャンルの錚々たる面々。肩書きのない「オモニ」の私は、少々肩身の狭い思いさえもした。だが、意外なことに「私の弁当の日」は羨まれ、注目を浴びる。

 こんにち、日本学校の給食では、食べ残しが問題になっていて、著名なイタリアレストランのシェフを招き、残飯減少対策を練る学校さえもあるようだ。残飯対策? ウリハッキョの「オモニの弁当」に、そんな心配があるだろうか。今日も娘らは空っぽの弁当箱をぶら下げて帰って来る。「パンチャン(おかず)おいしかった!」自然と会話も成り立ち、一応感謝もされる。

 特別な日を設けずとも、ウリハッキョでは代々「エコ」や「食育」が行われているのだ。民族教育60年の歩みの中で培われた、オモニたちの愛情あふれる弁当の威力は素晴らしい。(梁清美、埼玉県在住、主婦)

[朝鮮新報 2009.7.10]