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先日、京都府下の学者、文化人、宗教人ら各界人士による「文化・学術・市民交流を促進する日朝友好京都ネット」設立総会が開かれ、各地市民団体代表らも含め主催者側の予想を上回る参加者で賑わったという ▼朝鮮が発表した人工衛星打ち上げ計画に対し、あくまで「弾道ミサイル」だと言い張り「迎撃」「制裁」を大合唱する政府・軍(自衛隊)・メディアによって殺伐とした雰囲気が造り上げられている中での勇気ある行動に拍手を送りたい。1998年当時、小渕内閣の官房長官だった野中広務氏も出席し、層の幅広さを実感する ▼現在の状況について、常識あるごく普通の日本市民たちは憂慮し不快だと感じている。彼らは共通して「自衛隊が前面に出ての『大演習』総動員態勢は初めての体験」だと語る。それはそうだ。戦後、これまでを振り返ってもなかった。前代未聞の出来事である ▼親子団欒の夕食の時間に、ミサイル配備の映像がおどろおどろしく放映される。子どもたちの目に、ミサイルの映像はどのように映り脳裏に刻まれていくのだろうか。それが心配だ。ソマリア沖への海上自衛隊出動といい、実は、かつての日章旗をなびかせ朝鮮侵略へと突っ走った日本軍と同様、何をしても良いのだという思考の注入をしているのではないかと思う ▼しかし、それら映像も表面的かつ断片でしかない。というのも、自衛隊という名の軍には諜報部隊も存在する。戦前なら憲兵である。不気味なのは彼らがどういう行動をしているのか、まったく見えてこないことだ。日本は岐路に立っている。(彦) [朝鮮新報 2009.4.3] |