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〈朝鮮の風物−その原風景 −23−〉 機織り

貧しき女人の手仕事

 朝鮮の代表的名節として知られる秋夕におこなわれる民俗遊戯のひとつに、キルサム(機織り)戯というのがある。

 「三国史記」に、新羅では二人の王女率いる二手のチームが、定められた期間に織った織物の質と量を競う遊戯があり、その裁定の日は国を挙げて、多数の群集が夜のふけるまで飲食し歌い踊ったという。これを「廃亜是」「亜壕」(嘉俳)とよんだとある。「廃亜是」は秋夕を表す古代朝鮮語で、「八月の最もよい日」という意味だそうだ。「亜壕」は「廃亜是」にあてた吏読漢字表記で、本来は「亜是」と読ませた。

 キルサム戯はその後、朝鮮朝時代にも継がれ「東国與地勝覧」「東国歳時記」は「全国で今もおこなわれる」と記している。

 この記録からも、キルサム(機織り)が当時盛んにおこなわれていたことがわかる。また、当時すでに相互扶助組織(トウレ)の存在をうかがわせる。

 キルサムは、生活必需品を自ら作る以外入手方法のなかった古代以来、各家族にとって不可欠のものだった。キルサムといっても、綿、麻の栽培から糸紡ぎ、機織にいたる複雑な工程を経る。とくに絹の場合は蚕の飼育、繭からの糸紡ぎなど、骨の折れる仕事を前提としなければならない。これらの重労働は、もっぱら婦女子の手にゆだねられた。

 「男は農事に勤しみ、女は料理、機織をよくする」ことが善良男女の証しといわれた時代、女性にとって機織の習得は必須のものだった。婦女子は食事に、子育て、農作業、家事の切り盛りに追われながら、機を織り、そして家族の服も縫い上げたのである。

 容姿は他人に劣ることなく/針仕事、機織りも負けないが/貧しい家の子/(中略)ひねもす窓際で布を織る/(中略)夜更けまで布を織ると/機織りの音までがことんことんと寂しげだ/織られた布地は誰の服になるのだろう

 16世紀の女性詩人許蘭雪軒の「貧しき女人のうた」である。今に伝承される多くの「キルサム歌」に、つらい労働と嫁の悲哀を歌った内容が少なくないのも故なくはないといわねばならない。

連綿と引き継がれてきたキルサムも、近代化の波と輸入布地の流入にともなって急速に衰え、解放後にはそのほとんどが姿を消した。

 人々は物質文明の恩恵に浴し、自然の摂理をねじ伏せて衣食住のすべてで便利さを謳歌している。

 李奎報(1168〜1241)は「壞土室説」で、息子が宅内に土室をつくっているのでただすと、暖かい土室があれば冬に草花や果物を蓄え、また、機織りする婦女子の手が凍えないようにすることができると答えた。

 李奎報はこれを一喝し、機織りにも適時があり、また、春に咲き冬に枯れるのが草花の正常な本性なのに、季節を違えこれに逆らうことは天の天権を奪うものだと厳しくたしなめた。

 現代文明の暴走への示唆に富んだ指摘に通じてはいないか。(絵と文 洪永佑)=おわり

[朝鮮新報 2009.8.28]