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〈朝鮮と日本の詩人-101-〉 井上俊夫

「従軍慰安婦だったあなたに」

 ああ、あなた方の手厳しい告発、あなた方の怨嗟に満ちた声は、純白のチマ・チョゴリに包まれた、老いた肉体の奥深い所から発せられていることは、もはや疑うべくもない。

 私たち元・日本軍兵士は敗戦と同時に、造作もなく制服を脱ぎ捨てることが出来たが、日本人が無理矢理あなた方に着せた「従軍慰安婦という名の制服」は、あなたがたがどんなにあがいてももがいても生涯それを脱ぐことができず、これからもそれを着たままで死んでいかねばならない、世にも恐ろしいユニホームだったのだ。

 なぜなら、あなた方が着せられた制服は、あなた方の肉体そのもので作られており、あなた方の肉体そのものであったからだ。

 ああ、私はあなた方のむごい運命と、日本人が犯したあまりにも大きな罪に戦慄し、暗澹とする。そしてひそかに涙せずにはいられない。

 井上俊夫の、全部で6642字におよぶ散文詩「従軍慰安婦だったあなたへ」のうちの後半部分である。作品は冒頭「ああ、私は、正視できない。はるばる朝鮮からやってきて、『従軍慰安婦問題を究明する会』という、200人余りの集会の壇上に元慰安婦として、生き証人として、立ったあなたを」で始まる。

 かつて中国戦線で「従軍慰安婦」を知った詩人は、良心の呵責に耐え切れず、この集会場の片隅に人知れず立ったのである。「元・日本軍兵士は…制服を脱ぎ捨てる…」という表現は、詩人の自責であると同時に日本当局が未だに罪を認めず、謝罪していないことへの断罪である。「あなた方が着せられた…肉体そのものであったからだ」という箇所は、「従軍慰安婦」の苛酷な運命への、贖罪意識をこめた痛恨の同情である。この詩が行かえの詩ではなく散文詩として書かれたのは、破廉恥で酷薄な犯罪を告発するには、改行の詩では不可能であったからにほかならない。

 井上俊夫は1922年に大阪で生まれ中国侵略戦争に4年間従軍し、中国人捕虜を刺した犯罪の体験を告白して注目された。敗戦後に詩誌「列島」の会員として作品を発表した。詩集に「野にかかる虹」「葦を刈る女」のほか「従軍慰安婦だったあなたへ」があり、日本帝国主義を告発する作品を意識的に書きつづけ 08年末に他界した。(卞宰洙 文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.8.10]