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〈朝鮮と日本の詩人-96-〉 松本千鶴

心の海の無数のいかり

 われらのこころの海には/無数の碇が沈んでいる。

 大小さまざまのたたかいの歴史よ。

 波しずかなる日/それらひとつびとつの歴史をしらべよ。/いかにひとり言葉なくたたかわれしことよ。

 嵐よ 海を打て!/忘却のふかき底より眠れるいかりを揺すぶり返せ。/逆まく波よ/とどろけ 荒磯を打てよ。

 いかにひさしく眠りしことか。/友よ。君は君のひと日として忘れざりし言葉をば語れよ。

 君らが歌はわれらが歌。/過ぎしたたかいを 未来へのたたかいを歌えよ。/空と海ほど調和ある/すべての縛めなき自由を/広き海原に合唱せよ。/前途の航路は遅々としてはるかなれど/いかりをあげよ われらが鍛えしいかりを。

 嵐よ 海を打て!/逆まく波よ/とどろけ/よりいっそうわれらが歌はたかまる。

 「朝鮮の友へ」という献辞が付せられた「われらのこころの海には」の全文である。第1連2行目の「碇」は「怒り」のメタフォーと読むべきである。詩行中「いかり」と片仮名になっているが、これももちろん憤怒の意味である。プロレタリア詩はインスパイリング(鼓舞・激怒)調の作品が多い。この詩も、階級の敵に怒りをもって立ち向かうことを、日本人労働者が朝鮮人の同志に呼びかける鼓舞・激励するたたかいのうたである。「忘れざりし言葉」が、朝鮮語を意味しているように、暗喩と直喩を有効に駆使した技巧もすぐれている。

 松本千鶴は1920年に長野県に生まれた。父母とともに上京しアテネ・フランセで学んだ。39年に結婚した後詩を書き始めて詩誌「歴程」他に発表した。敗戦後は日本アナーキスト連盟の機関紙「平民新聞」の刊行に協力し、同紙に多くの詩を発表した。詩集はないが「日本詩人全集」(創元社)に数編が収録されている。(卞宰洙 文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.6.29]