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くらしの周辺−朝鮮語で話す

 日頃から息子たち(7歳と5歳)とは朝鮮語で話している。私が子どもの頃は祖国へ行くのは夢物語であり、その頃、朝鮮語は実用性よりも、民族心の象徴として学んだものだった

 しかし時代も変わり、高3の修学旅行で初めて祖国を訪問し、親せきに会えるようになった。それから状況は変化し、今では同胞たちがいろいろな目的で北にも南にも行き来している。

 息子たちは民族学校で朝鮮語を学んでいるが、将来的にはもっと朝鮮語を高い水準で身につけてほしいと願っている。情勢が良くなればいずれは祖国の従兄弟の家にホームステイさせたいと考えているからだ。従兄弟たちには今まで援助してきた分、息子たちを頼みますと冗談で話もしている

 大人になったら子どもたちには朝鮮語を生かし、日本だけでなくいろいろな可能性を見つけてほしいと思う。

 あるハラボジがこんな話を聞かせてくれた。日頃から陽気でムードメーカー的なこのハラボジは、敬老会などの旅行から帰ってきたらいつも「このたびもカブリ(朝鮮語で悪ふざけ)してきた」と息子夫婦に言っていたそうだ。ある日、このハラボジが友人たちとの旅行に出かけた。その時、いつも礼儀正しくやさしい息子の嫁が「義父さま、このたびの旅行もおおいにカブリしてきてくださいませ」と見送ったそうだ。

 舅に対して、舅が口にしている言葉でさらりと見送るとは、なんとユーモアのあるお嫁さんだろう。これも朝鮮語を理解していてのこと。

 先の話だが、息子の嫁はやはり朝鮮語が堪能であってほしいものだ。(呂世珍・団体職員)

[朝鮮新報 2009.6.19]