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〈みんなの健康Q&A〉 家庭内暴力−児童虐待

 Q:最近では、子どもを取り巻く事件がひんぱんに報道されています。自分の子どもの安全に不安を抱く人が少なくないようですね。

 A:「児童虐待」は日本の社会でも、子育てや教育・マスコミの現場、また医療の現場などでクローズアップされているテーマの一つです。

 Q:児童虐待の具体的な内容とはどんなものでしょうか?

 A:「児童虐待」とは、@殴る、蹴るなどの暴力、煙草の火を押しつける、冬の戸外に長時間閉め出すなどの身体的虐待。A性的いたずら、性的行為の強要、性器や性交を見せる、ポルノグラフィーの被写体などを子どもに強要する等の性的虐待。B無視、拒否的な態度、罵声を浴びせる、言葉による脅し、脅迫・兄妹間での極端な差別扱い等の心理的虐待。C養育の放棄または怠慢等のネグレクトがあります。

 Q:このような虐待が長期間続くとどうなりますか?

 A:幼児期や児童期の虐待で受けた身体的な目に見える傷がたとえ治ったとしても、発達過程に負った心の傷は、簡単には癒されないことがこれまでの研究でわかってきています。

 子どもの時に激しい虐待を受けると、脳の一部である脳梁・海馬が正常に発達できず、さまざまな症状が起こります。

 少し説明を加えますと、大脳は左右対称の形をしています、脳梁とは左右の脳の「連絡通路」の役割を果たしています。この脳梁の発達が妨げられると、左右の脳で処理された情報同士が情報交換を十分に行えず、結果的に大脳をフル活用できなくなる可能性があるのです。

 海外の研究で、長期間虐待を受けた児童の脳の働きを調べたところ、「健常児に比べて脳梁の体積が被虐待児の方が小さかった。さらに、早くから虐待を受けた児童の大脳が小さく、虐待を受けている期間が長い程、大脳が小さい傾向がある」と言う発表もされています。

 また海馬は記憶を司る大切な部位であり、子どもの頃に虐待を受けた経験のある成人の海馬は、虐待を受けていない人に比べて、10%前後も小さくなるという研究発表もあります。

 それから扁桃体と言う器官は、海馬と記憶を管理する以外にも、不安・怒り・喜び・悲しみなどと言った人の情動もコントロールしていると考えられています。

 本来、幼児期の人間らしさである情緒を育む時期に虐待を受け、正常な発達を阻まれると、海馬・扁桃体は、大人になっても正常に機能することができません。とくに情動の不安定さ(喜怒哀楽を感じにくい・逆に過剰に反応し過ぎてしまうなど)から対人トラブルを起こしやすくなるとも考えられています。

 Q:具体例について教えてください。

 A:症例Aについてご説明しましょう。

 Aさんは中学生の頃から不明熱を繰り返していた女性です。何度となく大きな病院で精密検査を受けても異常は見つかりません。困り果てた内科医師から心療内科である私に相談が来たのは数年前です。

 それから彼女の診察に当たるようになりました。初めの診断は、抑うつ気分が主たる症状である「うつ病」でした。しかし数年診察を続けるうちに、いろいろな問題がわかりました。

 紙面の都合上割愛しますが、両親は家庭内別居状態で、後に父親が小学生だったAさんに性的虐待を繰り返していたことがわかりました。私の推測ですが、当時Aさんはその事実を受け入れることができず、混乱した記憶を彼女の意識下に押し込めてしまったのでしょう。そうすることでAさんは、表面上は何もなかったように生活も送れ、大学まで卒業することができたのです。意識下にその事実を封印し、今まで生活していたのです。

 Q:過去の辛い記憶はなくなってしまったのですか?

 A:いえ、診察を重ね、時間の経過とともにその封印が次第に解け、記憶が蘇ってきてしまいました。Aさんは現在も通院を続け、カウンセリングを続けています。

 結果的にそういった脳(心)の傷を負ってしまった子どもたちは、大人になってからも精神的なトラブルで悲惨な人生を背負うことになります。

 また、心に大きなダメージを受けて情緒不安定や抑うつ状態になったり、心の傷がトラウマとなって自己否定感を強くもったり、依存症になったりと、その後の人生にも色濃く影響を及ぼすことも少なくありません。

 Q:Aさんの場合も過去に受けたダメージの影響が、後になって現れたのですね。

 A:Aさんの場合、極度に不安定な対人関係を特徴とすることから、境界性人格障害という診断名で呼ばれたりすることがあります。このような生活を長く送った人たちの治療は大変困難で、軽快するまで長い時間が必要です。

 Aさんの例は極端だと言えますが、「疲れがたまっていると、叱る時に語調が強くなったり、いつもなら気にならない子どもの行為にもヒステリックに反応してしまったりする」ということは親なら日常茶飯事ではないでしょうか?

 Q:そうですね。大概の場合、叱っている最中に「ハッ」とわれに返りますが。

 A:叱った後で「言い過ぎたな…」と反省し、「よし! 二度としない」と心に誓うものです(なかなか実践できませんが…)。

 虐待をしてしまうのは、その人が特別だからでは決してありません。八方ふさがりの状況の中で育児をし、子どもにエネルギーを注ぎ込めば注ぎ込むほど子どもとの距離は短くなり、知らず知らずの内に、子どもの行為に過敏に反応(これだけ自分が努力しているのになぜ、子どもはわかってくれない? どうして私は報われないの? など)しやすくなってしまうことが発端なのです。

 Q:虐待をしないために心がけなくてはならないことを教えてください。

 A:大切なのは、虐待をしてしまう前に周りの家族が気づいてあげることです。その際には、否定したり説教したりは決してせず、まずは気持ちを受け止めてあげることがとても大切です。

 一緒に考え、場合によっては保健センターや児童相談所への相談に同伴して、解決の援助をしてあげましょう。とにかく、悩んでいる人を「一人にしない」ことが一番大切です。

(駒沢メンタルクリニック 李一奉院長、東京都世田谷区駒沢2−6−16、TEL 03・3414・8198、http://komazawa246.com/)

[朝鮮新報 2009.4.8]