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〈朝鮮と日本の詩人-87-〉 河津聖恵

「この冬、あなたをふかく知った」

 加茂大橋の欄干にもたれ 夏の北山をのぞむ
 (白い闇を抱え)私は帽子をまぶかに
 死ぬ日まで天を仰ぎ≠ニ呟く小さな人になる(誰もみない)
 遠近法よ 揺らげ…
 (緑は故郷のように近づき 水は未来の北方を青く映す)
 光、光、絶え入るすべての至福と哀しみ その明るみ…
 詩人が恥じ 慕わしく消した名童舟≠熕テかに蘇る
 この冬 春の幻のようにあなたをふかく知った
 私を呼ばないでください≠ニいう遺言に逆らい
 プロメテウスと名付ける あなたを知ってゆく私を

 「プロメテウス−尹東柱に」と題する右の詩は、雑誌「文芸春秋」の2007年8月号に掲載された。引用は全文である。

 詩人は、寒い季節に「春の幻のように」尹東柱を「ふかく知った」。

 8行目の「この冬」は尹東柱の獄中死のメタフォーとも読める。尹東柱との詩的邂逅をモチーフにしてこの詩を書いたのであろう。7行目にある童舟≠ニいうのは、童謡詩人としても卓抜であった尹東柱が、朝鮮日報社が出していた少年少女雑誌「少年」に童謡「こだま」を発表したときに用いたペンネームである。

 全10行の詩に濃密にただよう、作者の尹東柱への敬慕の念は、いささか難解であるにもかかわらず、色と光による直喩と深奥な暗喩をもって、みずみずしく伝わってくる。

 河津聖恵は1961年東京に生まれ、84年に京都大学独文科を卒業した。85年に第23回現代詩手帖賞を受賞して注目された。詩集に「姉の筆端」「クウカンクラーゲ」や、第9回歴程新鋭賞を受賞した「夏の終わり」、それに現代詩文庫「河津聖恵詩集」、およびエッセイ集「ルリアンス―他者と共にある詩」などがある。(卞宰洙・文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.4.6]