〈民族楽器のルーツをたどる ウリナラの楽器 J〉 教坊鼓、編鐘、柷 |
地と空開き、音楽始める 太鼓に青、赤などで方位示す
2回に渡り古楽器の中から弦楽器、そして管楽器の紹介をしてきたが、少しでも古来の楽器に親しみを感じてもらえただろうか。 民族楽器の多くは、その民族固有のもののように思われるが、時代、文化、宗教、そして他の民族楽器などの影響を受けたものも多く、その正確な由来や歴史が不明なものが少なくない。これらの楽器はどのように伝えられどんな影響を受け発展したのか、見る角度や立場によっても多少違いがあるようだ。 今日はそんな中で、もっとも種類の多い打楽器の紹介に入りたいと思う。 最初にキョバンゴを紹介しよう。 打楽器(太鼓)の一つで唐楽器といわれる。中国唐の国ヘ坊で使っていた太鼓で、4つの足でできた枠組みの上に皮が上を向くよう置き音を出す。 本体には蟠龍が描かれている。宋の国の物もこれに似ていて撥で叩くとチャンゴに似た音がでる。元の国では宴楽、明の国では丹階楽、清国では合楽で使う。
わが国では1370年高麗恭愍王の頃から使われた。 主に唐楽や行楽で使われ行楽の時は、四人もしくは二人で持ち歩きながら叩く。 高麗の時代、舞鼓の舞で使われたが、太鼓を置く枠組の足は3本で大きさは少し小さい。 そして太鼓には蟠龍のかわりに青、赤、白、黒色を塗り東西南北の方位を象徴した。 次にピョンジョンを紹介しよう。
中国でのピョンジョンの歴史は古く、すでに西周朝初期の出土に見られその数は400〜500を数えるとされる。チャイム・ベル(Chime Bells)またはチャイニーズ・カリヨン(Chinese Carillon)と呼ばれているが、わが国には高麗睿宗11年(1116年)、宋の国から輸入して使われた。 ピョンジョンは鉄類(金属)で作られた打楽器で宮中祭礼楽に使われた。 世宗11年(1429年)から国内で作って使い始めた。 高さ30センチほどで、同じ大きさの鐘16個を厚さにより高低音を出せるように工夫して、木枠の上下二段に音の高さ順に8個ずつかけた。 木枠には彩色した龍や孔雀などが彫ってあり、犬の彫刻が台になって支えている。
「楽学軌範」によれば鐘を演奏する時は角槌(鹿などの動物の角で作られた金槌状の撥)で鐘の下正面を打つ。今は雅楽、俗楽を分けず片手で演奏する。 ウリナラのピョンジョンは、朴★1の主張に習い鐘の大きさにより音程を変えるのではなく、大きさは同じで鐘の厚みにより音程を変えたのが特徴だ。 南朝鮮では今日も文廟祭礼楽、宋廟祭礼楽、洛陽春、歩虚子などの演奏に使われている。 最後にチュクの紹介だ。 チュクは雅楽演奏で開始を知らせる打楽器だ。 四角い木箱の上に穴を開けてその穴に木棒をたて、上から下へと棒で箱底を打ち下ろす。 音楽の開始を知らせるチュクは音楽の終止を知らせる★2と呼ばれるトラの形をした楽器(背中に27個のノコギリ刃があり、これをキョン−竹の撥でなぞりながら音を出す)とパートナーになる。 チュクは、陽の象徴で東側に位置して表面は東側を象徴する青色で塗り、四面には山水画を描いた。 チュクを打つ垂直的な動作には地と空を開いて、音楽を始めるという意味がある。 箱は底面が狭くて上が若干広く、パンデという受け台にのせて打つ。 高麗時代、大晟樂の一つとして雅楽演奏に使われ、現在、宗廟祭礼楽と文廟祭礼楽で演奏される。(康明姫・民族音楽資料室) ★1=堧 ★2=敔 [朝鮮新報 2009.3.27] |