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〈本の紹介〉 空と風と星の詩人 尹東柱評伝

「尹東柱」通して理解する「歴史」

 筆者は尹東柱の生と詩をたいへんに好んではいたが、その評伝を書くつもりはまったくなかった。ところがさる1985年初め、ヨルム社の崔夏林主幹から尹東柱の評伝を書いてほしいという思わぬ依頼を受けた。

 筆者が間島史研究をしていてその地の事情に明るく、尹東柱の一家と遠い姻戚関係にあって、外部の人では脈絡を把握できない深層の部分まで取材が可能だという好条件をもっているから、本格的な尹東柱評伝を書いてくれというのだった。紆余曲折を経て結局、書くことになり、その後ほとんど4年間という歳月が流れてようやく完成したのである。
 

 かえりみればこの本は、原稿の完成とともに完結する一般的な本とは異なり、変身と成長をくりかえしながら今日にいたるという特異な運命をたどった。

 まず世界的な時代状況の変化にともなう改訂があった。東西冷戦の終息によってわが国もまた過度なイデオロギーの抑圧から自由になってきたが、これによってこの間「左翼」というレッテルに縛られていた関連者たちについてまっとうな照明を当てることができるようになったからだ。

 まず、南労党幹部出身の死刑囚として歴史の冷たい灰のなかに深くうずめられていた人、かつて尹東柱の延禧専門学校の同窓生でふだんから親しい友人でもあり、解放後新聞記者となった姜処重について。そして尹東柱の詩集がはじめて世に出たとき力強く大きな役割をはたした著名な詩人・鄭芝溶について。

 彼らにしっかり光を当てることができ、また本が出版されたのちにも、多くの人がちょうどあらたに植えた樹をともに育てていくように引き続き助けてくださり、新しい証言と補充資料が入手できた。そこでそれらすべてを合わせて「改訂版」を出した。

 さらに「再改訂版」をつくったのは、本の内容をとてもよく補完してくれる重要な資料が日本から新たに入手できたためだ。

 尹東柱の東京・立教大学の後輩である日本人女性・楊原泰子さんから、尹東柱の東京時代に直接かかわるとても貴重な証言と資料が電撃的に発掘されたのである。

 そしてこの度、「尹東柱評伝」の日本語完訳版が出版される。

 尹東柱という人物を日本人の前にあらためて立ちあがらせるのである。

 こういうことを通して朝鮮人と日本人はお互いをよく理解できるようになるだろう。

 人類の歴史がはじまって以来、わたしたちは人を通して人間の暮らしを理解してきたし、人を通して歴史を理解してきた。歴史はけっきょく人である。

 朝鮮人が過去の歳月をへながら、時代の与える凄絶な不幸と耐えがたい苦痛に対応し向き合ったさまざまな方式の一つが、すなわち「尹東柱」であった。「尹東柱」は、時代に対する向き合い方として、朝鮮人の心性が生まれ育ち花を咲かせた方式の一つだった。それだから尹東柱を知るということはすなわち朝鮮人を知ることの一つとなる。

 自分自身と民族に逼迫してきた不当な抑圧と悪に対し、至純でありながら強靭な姿で向き合った詩人の生涯とその詩を通して、わたしたちが見なければならず、知らねばならないこととは何か?

 尹東柱という存在はそういう問いをわたしたちに提起する。

 しかし目を少し高くあげて見れば、尹東柱は結局、わたしたち人類の一部分であり、尹東柱的な人生はわたしたち人類が生きてきた方式の中の一つであったということになる。

 そのように考えれば、尹東柱の生涯とその詩は、朝鮮人と日本人の違いを超越する。それは人類の一部分が犯した悪とその苦痛にたいして人類の他の一部分が至純でありながらも強靭な意志をもって強い力で向かい合った記録である。

 それは「世の中に悪は蔓延しているにもかかわらず、わたしたちはなぜ人類に希望をかけねばならないのか?」という問いに対するすばらしい応答となるだろう。(藤原書店、宋友恵著、愛沢革訳、6500円+税、。TEL 03・5272・0301)(宋友恵・作家、歴史家、 構成=藤原書店発行月刊「機」編集部)

[朝鮮新報 2009.3.2]