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〈朝鮮と日本の詩人-80-〉 辻征夫

「私いけない国の人間だ」

 駅はどこでしょう
 市内地図をくださいな
 わたしはこれからどうしよう
 海雲台の堤防で
 途方にくれていたわたくしに
 海はきれいですか
 さしみたべますか
 ずいぶん遠くからきましたか
 (なんだかへんなことを優しく
 語りかけてくれたお嬢さん
 刺身は仁川でたべてたいへんおいしかったし
 夜の海はもちろんきれいだけれど
 お国の言葉はもちろんきれいだけれど
 お国の言葉はむずかしくて
 わからないのですよ
 もしもわたくしがこころぼそさに
 ぐらりとあなたに傾いたら
 あなたはどんな天国に
 わたくしをつれて行くのだろう)
 明日は 光復節
 わたくしはいけない国の人間だ

 釜山にある名所海雲台を訪れた詩人の感慨を詩行にゆだねた「海雲台」の全文である。見知らぬ土地に一人でいる不安と好奇心が入りまじり、若い女性の親切心にふと甘え心が生じ、そうした思いが隣国への親近感を醸している。しかし、この詩が単なる旅情のそれでないことは、最後の2行が表している。詩人は「光復節」の政治的意味を理解しており、日本がかつて朝鮮に対して犯した犯罪を自責し、自分を「−いけない国の人間」と罰している。これら2行に片仮名でルビをふっているところに、この詩のテーマがひそんでいる。彼にはほかに「孝子洞」という詩もある。

 辻征夫は1939年に浅草で生まれ、明治大学在学中から詩を書き始めた。2000年に没するまでに「隅田川まで」「落日」など4冊の詩集を刊行した。死後に、この詩を収めた「辻征夫詩集成」(03年、書肆山田刊)が上梓された。(卞宰洙・文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.2.9]