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〈本の紹介〉 魂と罪責

的確・精密な資料の駆使

 いわゆる「在日朝鮮人文学」(以下在日文学と略す)は、06年に全13巻の「〈在日〉文学全集」(収録作家・詩人50数人)の刊行をもって集成されたが、以前から在日文学の批評も書かれてきた。「始源の光 在日朝鮮人文学論」及び「在日文学論」(磯貝治良)、「在日朝鮮人日本語文学論」(林浩治)、「生まれたらそこがふるさと 在日朝鮮人文学論」及び岩波新書「戦後文学を問う」所収の「『在日する者』の文学」(川村湊)、「戦後〈在日〉文学論」(山崎正純)などが代表的である。これらの著作は、概して各著者の朝鮮人観が深く浸潤しており民族と文学、言語と文学の相関関係に迫る評論として一読に価する。中でも30年に渡って「在日朝鮮人作家を読む会」を主宰している磯貝治良の仕事は秀抜である。

 本書はこれら先行する著作を斟酌し作品を読み込んで書かれた、430ページに及ぶ浩瀚の書である。著者のアキュリット(的確・精密)な資料の駆使と犀利な作品分析は感嘆に価する。だが、在日文学の研究で最も重要と思えるものは「金嬉老公判対策委員会ニュースである」とするのはどうかと思う。在日文学の重要なテーマの一つが「差別・蔑視・抑圧」にあるのは確かだが、一面的にすぎる。

 在日文学者の代表者として金石範と金時鐘を挙げていることに異論がないわけではない。前者の「済州島もの」の評価は大旨うなずけるし、後者の、猪飼野を原点とする詩にこもった在日意識の抽出も説得力がある。ただし、この両者の総連組織批判の幾編かの作品については、私は評価しない。

 柳美里の傑作「八月の果て」を、この作家の最初の「在日小説」としているのは首肯できる。私は彼女が「週刊現代」に書いた共和国紀行を高く評価する。

 ここで気になるのは、著者が児童文学賞を受け、すでに日本で広く知られている詩人の李錦玉、李芳世氏ら総連系の作家たちを一様に評価していないことだ。母国語に精通しながら、日本生まれという利点を生かして、日本語で在日朝鮮人の暮らしや朝鮮の文化を伝えようと長年尽力してきた文学者たちの存在を無視しているのは納得がいかない。

 本書は在日文学の作家・詩人論としては説得力がある。しかし、在日文学はいかにあるべきかというラジカルな問題については論及が稀薄である。社会的効用性を文学の価値、役割だと考える私としては、在日文学にとって最も大切なのは主題の設定である。私は、たとえ題材主義と批判されようとも、祖国統一を射程距離に捉えて主題を獲得し、在日同胞の現実を、思想から醸される文学精神で直視して、困難な環境のもとで生きる同胞の生に希望をもたらすような文学であらねばならないと考える。

 同胞から負わされた責任と課題に応えることこそが、在日文学者のレゾンデートルであることを強調したい。(野崎六助著、インパクト出版会、2800円+税、TEL 03・3818・7576)(周在道・文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.2.6]