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〈朝鮮と日本の詩人-79-〉 森井香依

「君よ、帰れ。故郷に」

 親しい友人たちと
 百済料理店で
 不老長寿のあずき粥を食べた帰り
 ほろ酔い気分で
 明洞の路地を歩いていた

 夜の猫のように
 さっと路地を黒い影が横切った
 二年前のことだ

 君から一枚の葉書を受けとったのは
 そのすぐ後だった

 −桜が恨めしい、と。

 明洞の影が歪んで見えたのは
 ボタンを掛けちがえていたからだ
 本当は私たちと
 一杯酌みかわしたかったのではないか
 名物を一品でも下げて
 姿を表したかったのではないか

 君が故郷をはなれてから
 もう 六十年がたった

 君よ、帰れ。故郷に

 この「明洞の影」は、ソウルを訪れた日本の詩人が、会うべくして会わなかった朝鮮の友人から「−桜が恨めしい」と書かれた葉書を受けとることがカギとなっている。これで「君」がなぜ知己である詩人を避けたのかが明らかになる。最終の2行にある「故郷」とは北の共和国であろう。この詩は日帝の植民地支配への批判と、分断で望郷の念抑え難い異国の友人への同情が漂っていて、朝鮮の統一を願う詩人のメッセージだと読めなくもない。

 森井香依は詩誌「詩と思想」の同人で詩集「すぐりの樹」「光のオマージュ」をもつ異才の詩人として知られる。この詩は「詩と思想・詩人集二〇〇六年」06年 土曜美術社刊)に掲載された。(卞宰洙・文芸評論家)

[朝鮮新報 2009.2.2]