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日朝友好促進地方議員訪朝団 江口済三郎団長に聞く

「充実した訪問、友好親善を確信」

 【平壌発=文・姜イルク、写真・盧琴順記者】10月26日から31日まで訪朝した日朝友好促進地方議員訪朝団団長の江口済三郎・日朝友好促進東京議員連絡会代表世話人(中野区議会副議長)に、今回の訪朝の意義などについて聞いた。

−今回の訪朝の目的は。

江口済三郎・日朝友好促進東京議員連絡会代表世話人

 日朝友好促進東京議員連絡会(東京の日朝友好促進区議会議員連絡会を今年5月に改称、以後「連絡会」と表記)の訪朝は今回で4回目になる。大阪、京都、神奈川、埼玉の地方議員も参加したので「日朝友好促進地方議員訪朝団」という名称で訪朝させてもらった。

 連絡会の活動方針には大きく3つの柱がある。民族教育の支援、地域の総連組織との連携、そして訪朝団の派遣だ。今回それを実現させた。

 われわれは地方議員で、日朝国交正常化の直接の役には立てないかもしれないが、こういう時期に訪朝することによって朝鮮の人たちが日本の地方議員の中には日朝国交正常化を目指している議員がいるということを認識していただけるのではないかということで、日程的には厳しかったが訪朝した。今年の衆議院選挙(7月末)後に10月の訪朝を決めた。

−朝鮮側の対応について。

平壌産院を訪れた地方議員訪朝団

 これまでは対外文化連絡協会(対文協)の招聘だったが、今回は朝・日友好親善交流協会だった。

 空港に着いたときから温かい歓迎を受けた。以前から私たちと交流のあった対文協関係者との面談の場もセッティングしてくれた。

 とても感謝している。たいへん充実した日々だった。

−3年ぶりの訪朝の印象は。

 2006年4月に連絡会第3次訪朝団メンバーとして訪朝して以来3年ぶり、4回目となる。

 平壌では街全体が明るく、元気な市民の様子をうかがえた。日本で伝え聞くところと違い、活発でありながら平穏な雰囲気だった。

 市内の万寿台通り一帯に新たに建てられた880余世帯におよぶアパート群も見た。12年までに10万世帯分の住宅を建設すると聞き、勢いづいていると実感した。日本の市民にも伝えたい。

−今後の活動予定などについて。

 訪朝を希望する議員は他にもたくさんいた。急きょ訪朝したため日程が調整できなかった。来年には、 もっと大勢の地方議員と訪朝したい。

 われわれは一貫して「万景峰92」号の入港禁止措置の解除を求めてきた。一昨年は首相官邸へ要請に訪れたが、去年は官邸に入ることもできなかった。

 現政権も対朝鮮制裁を延長する雰囲気なので、日本に戻ったらさっそく官邸への要請手続きをしたい。「万景峰92」号の入港をまず認め、それをきっかけに対話再開を進めてもらいたい。そのような決断が日朝対話の条件だとわれわれは思っている。そうしてこそ朝鮮側もはじめて前向きな動きをすると思うし、それを願っている。

 年内に官邸への要請ができるよう、帰ったらすぐ世話人委員会を開いて手続きを進めたい。

 このような話は朝鮮の関係者との懇談の場でも伝えた。

−今回の訪朝の意義について

 今回、各地方で活動している議員が訪朝したことで、全国の地方議員との連携、絆を結ぶ第一歩になったと思う。各拠点のリーダーたちの参加によって、今後はさらに他の地方議員への働きかけがしやすくなった。

 連絡会は今年5月、23区の枠を超え、東京都全体を網羅する組織として発展した。「オール東京」に甘んじることなく、全国に向けて朝鮮問題に関する発信を行うことができるという確信を持てたことが今回の訪朝の一番大きな意義だ。

 朝鮮を何度も訪れている議員もいるが、大切なのは現在の朝鮮の状況を知ることだ。今回の訪朝をきっかけに新しい気持ちで活動できると思う。

 初訪朝の議員は最初は違和感を持っていたようだったが、平穏な暮らしの中で働く市民の姿に次第に親しみを抱くようになったようだ。

 連絡会の訪朝活動には3年間ブランクがあったが、今回の訪朝には連絡会の中心的な役員らが参加した。彼らが帰国後、勢いよく活動してくれるのではないかと思う。

−過去清算問題など日本に対する朝鮮人民の視点は厳しいが。

 われわれは日本の地方自治体議員という公職にあるので、きちっとした形で朝鮮との付き合いができる。互いに言いたいことも言う。そうすれば、人間同士のつながりが持てる。われわれも朝鮮の人びとも北東アジアの発展をともに目指す者同士だ。

 われわれの訪朝を機に地方議員ではあっても日本の政治家が来ているということを幅広い朝鮮の人たちに知ってもらいたい。今回の訪朝が日朝友好親善のきっかけになると確信している。

[朝鮮新報 2009.11.6]