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〈虫よもやま話-25-〉 子育て

 「おい、風呂行くぞ!」

 アボジは亡くなる前、私を近くの銭湯に誘いました。

 幼い頃から「烏の行水」だった私はあまり気乗りしなかったのですが、渋々行くことにしました。

 最近、そのときのことをよく思い出します−。

元山で捕まえたコオイムシの幼虫

 私たちを含めほとんどの哺乳類は子育てに大きな労力を注ぎますが、昆虫類ではその割合はそれほど大きくありません。

 昆虫における子孫の残し方としては、雌親が単に環境中に卵をばらまいたり、幼虫の餌となるものに卵を産み落としたりすることがよく知られています。種によっては産卵後も子のもとに留まり、ある期間は防衛や給餌を行う「子育て習性」をもつものもいます。

 もちろん私たちほど高度ではありませんが、子育てによる親子の関係は昆虫界でも見られるのです。

 とくに有名なものに「コオイムシ」という昆虫がいます。名前を聞いたことのある方もいると思いますが、残念ながら水田によくいたこの虫も環境の悪化により「昔の虫」になってしまいました(ウリナラにはたくさんいます!)。

 この虫は名前の通り「子を背負う虫」で、雄親が単独で子育てを行います。昆虫界では希な例ですが、その懸命な姿に惚れ惚れします。カメムシ目に属していますが、皆さんから嫌われがちなカメムシの仲間には子育てをするユニークなものがよく観察されています。これも繁栄の一つの理由、みなさんあまり毛嫌いしないで付き合ってやってくださいね。

 普段、息子の前で多くを語らないアボジでしたが、このときもそうでした。二人でお湯につかっていても、とくに会話らしい会話はありませんでした。

 いいえ、私から何を話かけていいのかわかりませんでした。それはアボジの体に痛々しい無数の手術痕が刻まれていたからです。

 今でも記憶に残るのは、体を洗っていたときに放った一言だけです。

 「垢、いっぱいやろ」

 きつく絞ったタオルで力いっぱいこすった体から出たたくさんの垢。いま思うと、生きていることを確認していたのかもしれません。

 それでも、限界まで民族教育の現場へ足を運び続けたアボジ。もし生きていれば今月で59歳です。

 あのときに言うべきだったのかもしれません。何よりもその勇姿が息子を育てているのだと。(韓昌道、愛媛大学大学院博士課程)

[朝鮮新報 2009.10.16]