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物心両面の支援に感謝 子育て支援金を受け取って

指先を使った遊びを楽しむ(写真はいずれも埼玉朝鮮幼稚園提供)

 朝6時半、スヤスヤと夢の中の娘たちをバタバタと起し、「間に合わないよ!」の決まり文句つきの朝食を済ませ、身支度をせかし、バタバタと送り出す…。

 恥ずかしながらわが家の毎朝。小学2年生になった長女は電車、バスを乗り継ぐ通学にもだいぶ慣れ、今のところ皆勤賞だ。ところが問題は次女。昨年春、ウリユチウォン(朝鮮幼稚園)に入園し、この4月から年中組ポンソナ(ほうせんか)班のオンニになったと張り切っているのだが、毎朝、登園バスに乗せるまでが一仕事。

 3台のバスが手分けして広い地域を回っているため、トップバッターで乗る次女は、長女のあと間もなく出かけねばならない。それなのにその日の気分に合った洋服でないとへそを曲げ、バスが来る1分前まで鏡の前で髪型を気にしている始末だ。お望み通りにバッチリ決まった時は小走りでバスへ向かい、そうでない時はご想像通り。

 そんな毎日の通園姿に、幸い近所の日本の人たちも慣れてくれたようで、「いってらしゃい!」と声をかけてくれる。

 こんなおしゃまで、わがままで自由人の次女だが、ユチウォンに行くのがたいそう楽しいらしく、「今日は休んでハラボジのお家に行く?」と試しに誘惑しても即答で断ってくる(笑)。

 そして先日の保育参観ではわが子をはじめ、民族情緒たっぷりな園生活を全身で楽しむ子どもたちの愛らしい姿を見ることができ、これじゃあハラボジがふられるのも仕方がない。少し前まではオンマにしがみつきバスにも乗れず泣きじゃくってた年少さんも、ちゃんと席に着き口を顔いっぱいに広げ習いたてのウリノレを歌う姿は、学父母歴を重ねていくうちに見慣れては来たが、不思議に何度見ても胸がジワ〜ッと温かくなる。

収穫した野菜を食べる子どもたち

 そのたびに(ユチウォンマジック、ソンセンニムマジックはすごいなぁ)と、ただ、ただ感服しながら娘達を「ここに」送って本当に良かったと実感する。

 それだけでなくこの日は、昨学年度に続き「子育て支援金」を支給されるというサプライズに遭遇し、何とも言えぬ深い深い感謝を抱いた。

 去年はじめて支給された時は、眼からウロコと言わんばかりの驚きを感じ、こんな大事なお金を私たちが本当に受け取ってよいのかと大変躊躇したのを覚えている。そして百年に一度の不況と言われている今にもかかわらず、民族教育の最初の門をくぐったばかりの子どもとその親のためにと、引き続き実施されていることに正直、去年以上の驚きと躊躇を感じると同時に、民族教育の重要性、それを担っている私たち若い世代の役割、そして何よりも在日の未来を産み育てていく世代を物心両面で大切にしてくれているということをあらためて感じた。

 いつの時代も異国の地での民族教育は困難が多かったと思うが、今の時代はその難しさがとても複雑だ。3世、4世と世代が変わり、その価値観、世界観もそれぞれ、さまざま。またマスコミの執ような報道、根深い民族差別などの環境が、胸張って子どもを朝鮮人として育てていく自信や確信を奪っている現実も少なくない。また日々の生活もこの先どうなるのか、不安や悩みも多く、尽きない。そんな現状の中での「子育て支援金」。受け取る側の私たちがその意味を生かしていかなくてはならないと思う。

 娘が通う埼玉朝鮮幼稚園は創立37年の歴史を持つ誇らしい幼稚園だ。長い年月、1世の方々をはじめ、数多くの学父母たちがあらゆる困難を団結して乗り越えてきてくれたおかげで、曇りを知らない娘の今日の笑顔があると思う。

 そろそろ今度は私たち世代の出番なのだろう。

 私たち家族が住む埼玉中部地域には0〜3歳までを対象にした子育てサークル「アジャンアジャン会」(アジャンアジャンは朝鮮語で「よちよち」の意)がとても盛んで、この4月に結成11年目を迎えた。そして先月、これまでの歩みを振り返り大同窓会ならぬ「10周年記念パーティー」を盛大に行い、記念誌「コルンマ(あんよ)」発刊など大盛況だった。

 娘たちと共にしばらくお世話になったOGとして行事準備に携わりながら、以前、先輩オンマたちが右も左も知らない新米オンマの私を助けてくれたように、在日としての子育てを悩み、模索している若いオンマたちの少し先輩として、微力だが力になっていこうと思った。

 ひとりでも多くのおチビちゃんたちがウリユチウォンやハッキョの門をくぐれたらいいなぁという希望を持って…。

 最後に余談だが、今のところ次女の将来の夢は−「ユチウォンソンセンニ〜ム!」だ(笑)。

申香淑(埼玉朝鮮幼稚園保護者)

[朝鮮新報 2009.6.19]