top_rogo.gif (16396 bytes)

〈万華鏡−3〉 核抑止力、大国政治、そして朝鮮半島

変わらぬ米国の戦略

 先日、米国の先端科学技術に関する新聞記事を目にした。

 核兵器の性能維持を目的とした世界最大のレーザー実験装置「国立点火施設」というもので、そこではミクロの核爆発が実現でき、実際の核実験に匹敵する情報が得られるという。

 米国のオバマ大統領は4月5日、チェコのプラハでの演説で「核のない世界」を唱え、包括的核実験禁止条約の早期発効を目指すと公言した。

 しかし、言葉巧みな演説とは裏腹に、米国は既存の核兵器の性能を引き続き維持していくための施設も建設しているのである。5大国による核の独占に特徴付けられるNPT体制を引き続き維持していくという、米国の強い意思表示として理解せざるをえない。

 オバマ大統領はまた、核兵器が存在するかぎりは、抑止のための核戦力を維持するとも述べている。1945年に核兵器が誕生して以来、米国の安全保障政策の中核を担ってきた核抑止戦略に劇的な変更をもたらさないということであろう。

 冷戦期を通して現在まで続く核抑止戦略とは、一体どのように作動するのか。抑止とは、脅迫することによって、相手側の行動を思い留まらせることをいう。脅迫による行動の操作が抑止の本質であるが、重要なことは、もし何か起こせば本当に痛い目にあわせるぞという自らの意思を相手側に信じ込ませること、つまり、強い意志表示とそれが決して嘘や虚勢ではないということの証明が必要なのである。

 ちなみに、冷戦という時代を軍事的側面から支えたものとして、米ソ両超大国による相互核抑止という概念をあげることができる。これは、相手側が先制攻撃を仕掛けてきた場合、それによって得られる戦略的利益よりも、反撃によって被る被害の方が大きいと相手側に信じ込ませ、攻撃を仕掛けてこないようにする仕組みである。

 そのためには、双方が相手国に向けて核ミサイルなどを実戦配備し、自らの攻撃意図を明確にする必要がある。これを核による平和と言う者もいるが、脅し合うことによってしか平和は達成できないという、暴力性を積極的に容認する点において、また平和に対する想像力を制限し、思考の停止をもたらすという点において大きな問題を孕む。

 とにかく、大国間による冷戦が終焉し20年近い歳月が流れたが、現実の国際政治が内包する暴力性にはさほど大きな変更は見受けられない。

スケープゴートとしての朝鮮脅威論

 ここで4月14日に発表された朝鮮の外務省声明を思い出してみる。人工衛星を「ミサイル」と一方的に断定され、国際法的根拠に欠ける新たな制裁を唱える敵対勢力に対する自衛的措置として、自らの「自衛的核抑止力」を「強化」していくと述べている。そして4月29日に発表されたもうひとつの外務省声明では、「共和国の最高利益」のために、すなわち国家の安全保障を確保するために、核実験と大陸間弾道ミサイル発射実験を含む追加的な自衛的措置をとることが発表された。

 着目すべきは、「核抑止力」を「強化」するという表現である。

 なぜ強化する必要があるのか。

 それは、抑止力が不十分であるからであろう。前述したとおり、核相互抑止は、相手側がもし先制攻撃を仕掛けてきたとしても、同等以上の反撃を与えうる十分な能力を保有することにより、相手側の攻撃を思い留まらせることを意味する。相手の意図を操作せねばならないということから、完全な抑止を達成することは不可能に近い。そのため常に自らの軍事力を高め続けなければならない。

 しかし、戦略的な観点から見た場合、核兵器やその運搬手段であるミサイルの開発が未だ実験段階であり、また米国は潜水艦発射弾道ミサイルも多く所有しており、地上からも水中からも、いつどこから攻撃を受けるかもしれない朝鮮は、極めて不利な状況に置かれている。

 何もここで米国の立場を代弁する必要もないが、核戦略の発祥地である米国の政策決定者や戦略研究家たちが、この程度の計算もできていないとは到底思えない。

 ではなぜ、朝鮮の人工衛星を「ミサイル」だと断定し、核実験をこれほどまでに非難するのか。米国の覇権を支えるNPT体制を脅かす重大な挑戦であり、また周辺諸国が核の保有へと動き出すことやテロリストに対する核の拡散を回避するためというのも事実であろう。しかしもう一点、中国パワーの台頭に対する米国の政策にも着目したい。

 ストックホルム国際平和研究所が先日発表した年鑑によると、2008年度の米国の軍事支出は6070億ドル(ダントツの1位)であり、中国のそれは849億ドル(2位)であった。

 米国は自らの世界戦略の中で、中国を敵視するのではなく、取り込むことを目指している。

 しかし、最悪の事態を回避し、万が一に備えるのが安全保障政策であるため、中国に対する軍事的な予防線を張り巡らす必要もある。中国を刺激することなしに対中国軍事措置を講ずるためには、朝鮮脅威論を作り出し、それに対処するための軍事的措置だと言ってしまえばいいのである。まさにスケープゴートである。

 大国により分断され、数々の苦難を味わってきた朝鮮半島には、今でも大国による暴力が圧し込まれている。ましてや在日朝鮮人は、ある国の核実験には「唯一の被爆国」として、ある国の核技術に対しては「同盟国」として、都合よく立場を変えるような国に居住し、さまざまな不当な暴力に晒されている。自らに降りかかる暴力的な構造をひとつひとつ紐解き、それに立ち向かう作業がいま、求められている。(廉文成、朝鮮大学校・外国語学部助教)

[朝鮮新報 2009.6.22]