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尹東柱追悼行事−「朝鮮人でも、韓国人でも」

 数年前、横浜に引っ越してきた友人が、子育ての悩みを打ち明けてきた。同じマンションに住むママ友だちに、「○○さんのところは何人?」と聞かれ、とっさに返す言葉に詰まったという。大阪の同胞密集地域で生まれ育ち、独身時代は朝青活動家として、昼夜同胞青少年の中で民族啓蒙運動に励んだ彼女。乳飲み子を抱えて引越し、「同胞が点在する地域に暮らすのははじめて」だと言う。その時、彼女の口からとっさに出たのは、「韓国人よ」という言葉だった。厳しい「朝鮮バッシング」のさ中、母親ゆえの「防衛本能」が働いたのだろうが、その現実が彼女をひどく傷つけていた。

 16日、植民地時代の朝鮮の詩人、尹東柱の没後63年の命日にちなんで、東京・池袋の立教大学内のチャペルで、追悼セレモニーと公開講演会が開かれた。会場は約200人の聴衆たちでぎっしり。南朝鮮からかけつけた任軒永・韓国尹東柱文学思想宣揚会「序詩」編集主幹は、あいさつで、「一人の詩人の死を通じてこのように出会えたことがうれしい」と話し、「日本には、国籍が異なる朝鮮人が暮らしている。彼らが韓国人であれ、朝鮮人であれ、差別せず、詩人・尹東柱を愛するように接してほしい。それが今日、尹東柱を称える目的であり、尹東柱が望むことでもある」と述べた。在日同胞を想っての発言に胸が熱くなった。

 長引く朝鮮バッシングの嵐の中、在日同胞子育て世代の心はゆれている。育ちゆく子どもたちのために、せめて「自己肯定」できる社会にしてあげたいと願うのが親心。「朝鮮人であっても、韓国人であっても」、それゆえに卑屈になることはないのだから。(潤)

[朝鮮新報 2008.2.22]