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〈朝鮮史から民族を考える 25〉 文化財返還問題

植民地支配による不法略奪

朝鮮総督府の古蹟調査事業

東大の関野貞

 日本に散在する朝鮮文化財については、「韓国文化財管理局・文化財研究所」や「韓国国際交流財団」の調査、李弘稙・李亀烈・黄寿永・南永昌などの調査がある。「韓国国際交流財団」の調査によると、日本の博物館や美術館で確認できた朝鮮文化財は2万9000点に上る。しかし、これ以外に個人コレクターによって所蔵されている朝鮮文化財は実に30万点近くに及ぶといわれている。これら朝鮮文化財の多くは近代日本による朝鮮侵略・植民地支配期に不法に略奪されたものであり、いまだ略奪の経緯や現在の所在地が不明のものが圧倒的に多い。そんな状況の中で最近朝鮮大学校と高麗大学校の教員間で行われた歴史共同研究は、朝鮮総督府の古蹟調査事業に伴う出土遺物の日本搬出経緯と現在の所蔵状況を調査し、その不法性を明らかにすることによって、略奪文化財返還問題の解決方案を提示しようとするものであった(「朝鮮大学校学報」日本語版第7号、06年12月参照)。

 戦前の日本人研究者による朝鮮古蹟調査については、その時期を5期に分けることができる。第1期は東京帝国大学からの派遣による調査(1900〜09年)、第2期は総督府内務部地方局地方課および内務部学務局編輯課の嘱託による調査(10〜15年)、第3期は古蹟調査委員会が発足し、古蹟の調査・保存などいっさいの事務を総督府博物館が管掌した時期(16〜20年)、第4期は総督府内務部学務局の中に古蹟調査課を新設し、業務を一括した時期(21〜30年)、第5期は総督府博物館の外郭団体として朝鮮古蹟研究会が設立され、外部資金によって調査を行った時期(31〜45年)である。

 朝鮮古蹟調査事業は、総督府の主導の下に、東京帝国大学や京都帝国大学の考古学・建築学・人類学の教授陣が担当した。植民地統治下の日本人による美術史学、建築史学、考古学などの学術研究を色濃く特徴づけるのは、行政の主導・支援による調査研究の盛んな展開である。とくに総督府の古蹟調査事業にはそれが顕著にあらわれている。近代日本において、行政のバックアップによる古蹟調査事業が年次行われたのは、日本列島内のいわゆる「内地」ではなく植民地朝鮮であった。古蹟調査で重視されたのは、「日鮮同祖論」「任那日本府」説、「満鮮史」という考え方であった。このような「学問的知見」を証明するため、総督府は朝鮮古蹟調査事業を全面的に展開させたのである。

 なお、総督府の古蹟調査以外にも、個人による盗掘や購入・寄付などを通じて入手した遺物も多かったことは忘れられてはならない。

古蹟調査出土品の所蔵先

1909年大同江面古墳(丙)の発掘着手時の光景

 1910年前後の初期調査で採集された遺物群は、調査に参加した研究者にゆかりの大学や博物館に納められた。古蹟及遺物保存規則が施行された16年以後の発掘遺物は原則的に総督府博物館に収められたが、日本に搬出されたものもかなり多い。

 −東京大学 朝鮮総督府の古蹟調査事業における古墳・土城出土遺物の日本内の最大の所蔵先は東京大学である。考古学研究室には35、37年の楽浪土壌発掘調査の出土遺物のほとんどが保管されている。その数は約2000点に上るという。そのほか、25年に発掘調査した石厳里第2055号墳(王旴墓)から出土した遺物の一部や、百済土器が軽部慈恩旧蔵資料・東大収集資料に含まれていることが知られている。

 総合研究博物館の朝鮮関係資料は主に関野貞と藤島亥治郎により集められたものである。朝鮮の考古資料は、古瓦1230・塼146・土器730・陶磁器57・陶磁器片6箱、そのほか拓本・模写などの巻物630箱、写真乾板・フィルム290箱がある。その中には09年発掘の石厳里古墳・石枕塚出土遺物、10年発掘の水精峯第2古墳・玉峯第7号墳遺物、12年発掘の楓湖東北古墳西1号墳・西2号墳遺物が保管されている。

 −東京芸術大学大学美術館 同校の小場恒吉、東大の関野貞が収集した古瓦が200点近くある。また、小場が模写した高句麗古墳の壁画模本が15件保管されている。

 −京都大学 18年に考古学講座初代教授・浜田耕作が古蹟調査委員に任命されたことから始まり、その後多くの京大教授が朝鮮総督府の古蹟調査事業に深く関与した。考古学研究室がかかわった朝鮮古蹟調査に関する史料のうち、梅原末治が収集した資料の大部分は、戦後に整理されて現在は東洋文庫に梅原考古資料として所蔵されている。京大が所蔵する朝鮮考古資料のうち、総督府の古蹟調査で出土した金海貝塚遺物17箱は、現在総合博物館収蔵室に保管されている。また相当量の高句麗遺物が所蔵されている。

 −九州大学 瓦を中心に土器、青磁など137点以上が考古学研究室に保管されている。30年から33年まで同校の鏡山猛らにより収集されたものがほとんどである。

 −東京国立博物館 所蔵する朝鮮文化財は現在4800余件と集計されている。このうち考古遺物が2000件と最も多く、そのほかに絵画・書芸・彫刻・金属工芸・陶磁器・漆工芸・染織などさまざまな種類が知られる。古蹟調査事業関連では楽浪土城、貞柏里第227(王光墓)・197号墳、石厳里第201号墳、南井里第116号墳(彩篋塚)、梁山夫婦塚などの出土遺物がある。

 以上紹介した日本散在の総督府古蹟調査の出土遺物はあくまでも限定的なものである。植民地期における古蹟調査の全容を明らかにするためには、どうしても南北朝鮮・日本が互いに協力する研究プロジェクトを立ち上げる必要がある。(康成銀、朝鮮大学校教授)

[朝鮮新報 2008.10.3]