全国知識人大会に思う 強盛大国への大門を開く里程標 |
昨年の11月30日〜12月1日に平壌で6000人が参加する全国知識人大会が開催された。現代は科学技術の時代といわれて久しいが、全国的な規模でこのような大会が開催されるのは、おそらく朝鮮以外にはないだろう。今回は1992年に開催された大会についで2度目であるが、この15年間こそ朝鮮の科学技術発展史において特筆すべき時代として長く語り継がれるに違いない。ちょうど15年前は旧ソ連をはじめとする社会主義諸国が相次いで滅びた激動の時代であり、その後も反朝鮮勢力の孤立圧殺策動と度重なる自然災害によって「苦難の行軍」・強行軍を強いられた試練の時代であった。ゆえに、今回の大会はまさにそのような時代背景で繰り広げられた「知識人たちの闘い」のいわば総括の場であった。 二人の自然科学者
前大会では23人が討論の演壇に立ったが、そのなかにこの間の出来事を象徴する二人の自然科学者がいた。獣医学の権威・金鐘禧博士と金日成総合大学理論物理講座長・徐相国博士である。金鐘禧博士は48年第1回学位授与者の一人として朝鮮の科学の草創期を担った人で、当時、もっとも権威ある科学者であった。植民地時代に北海道帝国大学を卒業、解放直後は釜山の家畜衛生研究所所長を務めていたが、金日成主席の要請によって「牛疫」の予防薬を平壌に送る。これによって職を追われた博士は38度線を越え金日成総合大学の教授となった。朝鮮戦争時には疎開しながらもウサギに菌株を保存、これが米国の細菌兵器に対抗するうえで大きな役割を果たした。その後もこの分野の第一人者として活躍、大会時には83歳であったが「科学に国境はないが、われわれにはチュチェの社会主義祖国がある」と高らかに宣言したのもほかならぬ金鐘禧博士であった。 徐相国博士は天才物理学者の呼び声も高く、当時55歳にして科学院院士・教授・博士で、金日成賞・労働英雄称号を授与されるなど科学者として頂点に上り詰めた人である。博士の専門は素粒子物理学であるが、ロケットの軌道計算をはじめ軍事関係の重要問題を解決したといわれている。そのような博士が中心となった偉業、それが98年世界で8番目の人工地球衛星「光明星1号」の打ち上げであった。当時、朝鮮は「苦難の行軍」の最中にあり、この人工衛星打ち上げに対し反朝鮮勢力は「経済問題も解決できないなかでの暴挙」と誹謗した。しかし、この「ピョルピッ(星光)計画」こそは、一時的な苦難を耐え忍びより大きな展望を拓くという金正日総書記の英断によって推進されたもので、朝鮮の科学技術が世界の最先端に至ったことを示す快挙であった。そして、それがその名の通り希望の星として水晶の如く燦然と輝き、今日の強力な軍事力の基礎となり、結果、「砲声なき朝米対決」の勝利を保障するものであったことは周知の事実である。 羅南の熱風、城鋼の烽火、江界精神
「羅南の熱風・城鋼の烽火・江界精神」、この間を彩る科学者・技術者への賛辞であるが、今大会も29人が演壇に立ったなか、その主人公たちである煕川工作機械工場、亀城工作機械工場、城津製鋼連合企業所などの代表が討論を行うとともに、ITやバイオ・テクノロジー分野などの研究者がその科学的成果を披露した。そして、何よりも特筆すべきはこの大会で、2012年に強盛大国の大門を開くというスローガンが提示されたことである。果たして、それはどのように実現するのだろうか。 まず、今年は朝鮮民主主義人民共和国創建60周年の意義深い年として、昂揚した雰囲気のなか知識人たちの奮闘が期待される。また、去年10月の「北南関係の発展と平和・繁栄のための宣言」の採択によって、北南間の科学技術協力がよりいっそう進むだろう。なかでも、近年、世界の科学界はレア・アース、レア・メタルに熱い視線を送っているが、朝鮮こそその豊富な資源を誇る国として、その開発利用が積極的に行われるに違いない。おそらく、それが強盛大国建設を物質的かつ経済的にサポートするはずである。 そして、いつしか強盛大国としての確固たる地位を確立するだろう。まさに、その時こそ次の知識人大会が開かれる時である。(任正爀、朝鮮大学校教授) [朝鮮新報 2008.1.18] |