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〈虫よもやま話-3-〉 「小さい」

梅の花に訪れたテングチョウ

 「〜江南に行ったツバメが帰ってくると〜この地にも〜また〜春がやってくる〜アリラン…」

 いつの間にか「懐かしい江南」を口ずさむ時期がやってきました。歌うたびに、ツバメよりも昆虫たちがいつ目覚めるのかが気になって仕方ありません。

 春は、四季のある地域に生息する生き物にとっては、大切な「目覚まし時計」です。その「始まりの鐘の音」を、いち早く聞き、起き上がるのは誰でしょうか? 一等賞はわかりませんが、昆虫たちが上位に入ることはほぼ間違いありません。「寝ボスケ」な私たちと違い、昆虫たちの小さな体には生きるために必要なさまざまな機能が詰まっているのです。

 今回はこの「小さな体」という点に注目してみましょう。一般的に昆虫類は小さいですね。1aもあれば昆虫界では横綱級です。

 「小さい」という事は、地球という「限られた資源と空間」では大変有利になります。餌の量は少なくて済み、一匹当たりの生活区域も狭くて済みます。人口増加や食糧不足が危惧される私たちですが、ドラえもんのスモールライトを使って小さくなれたならば、それらの問題は解決することでしょう(私たちが昆虫の餌になりますが…)。

 また、私たちにくらべて、小さな昆虫たちの寿命は大変短いのです。寿命が短いということは、世代交代が速いということです。私たち同胞社会は、やっと4世か5世が生まれたぐらいではないでしょうか? それに比べショウジョウバエは、10日で世代交代をするのですから驚きです。

 世代交代が速いということは、まさに「進化速度が速い」ということです。厳しい環境を生き抜いた個体がすぐに次世代を残すことによって、その環境で生きる力を得た、まさに先代よりも進化した個体が生まれてくるのです。殺虫剤でオモニたちの家庭の悩みが解決しない理由はまさにこれです。

 それにしても、朝鮮民族も昆虫たちに負けず劣らず世界のあらゆる地域に住んでいますね。その中でも私たち、在日同胞が一番厳しい状況下で強く誇らしく生きているのではないでしょうか? まさにコチュジャン・レッドの台詞―「山椒は小粒でもピリリと辛い」とは、私たちと昆虫たちのことですね。

 さ〜、外へ出て「小さな春」を探しに行きましょう。(韓昌道、愛媛大学大学院修士課程)

[朝鮮新報 2008.3.28]