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「アルツハイマー病」

 今年もまた、私の苦手な夏がめぐって来た。朝から気温は30℃を超え、うだるような暑さの中で身体はけだるく、頭は回転を中止している。玄関先の方からサッサッと庭を掃く心地よい音が聞こえてくる。妹だ。きれい好きな妹は、朝目覚めるとまず布団をたたみ、自分の部屋の掃除に取りかかる。何度も何度もほうきがけをし、チリ一つないように磨きを掛けたあと、廊下、リビング、玄関へと掃除の輪を広げていく。最後は庭だ。その間に私は、朝食の準備を終える。

 失った記憶の糸をたぐり寄せるように、最近妹が食後の片付けもできるようになった。今日はデイサービスの休みの日。時間を持て余していた妹が、二度目の庭掃きを始めた。ギラギラと照りつける太陽の下で、したたる汗を拭いもせずただひたすらに庭を掃く妹。その姿をカーテン越しに追う私の目頭が熱くなる。妹は、みんなが恐れ、絶対かかりたくないと願う病気・アルツハイマー病の患者なのだ。誰よりも真面目で働き者の妹、誰にでも優しく面倒見の良かった妹、家族だけでなく誰もがこの現実を受け入れられずにいた。20余年もの間焼肉店の女主人として朝から晩まで働き通しだった妹に物忘れ、同じことの繰り返し、料理ができないなどの異変が表れたのは60歳にも満たない頃だった。「アルツハイマー病」との診断が下ったのは3、4年も後のことだった。記憶も人間の尊厳も失っていくこの残酷な病とのたたかいだけが、病気の進行とともに私たちから迷いを吹き飛ばし、現実のものとなっていた。(鄭邦子、主婦)

[朝鮮新報 2007.7.21]