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春・夏・秋・冬

 各紙誌が安倍首相の指導力に疑問を投げ掛けて久しい。正確に言えば、指導力というよりも首相としての器なのかどうか、ということになるのか。内閣はすでに「液状化状態」で、それぞれが自身の存在を誇示するためにわれもわれもと言いたい放題。まるで幼稚園児の遠足に向かう光景だと指摘する向きもある。それでも園児たちは天衣無縫で救われるが、安倍政権の前途は多難

▼「従軍慰安婦」問題について「強制はなかった」から一転、「河野官房長官談話」継承と、各国からのあまりの批判に驚いて火消しに走ったが、そんなことでは誤魔化しきれない

▼安倍側近を自認しているといわれる下村官房副長官は、25日のラジオ番組で「従軍慰安婦はいなかった」。しかし「慰安婦がいたことは事実で、私はその一部は親たちが娘を売ったものとみている」と言い放った。内閣の要の一員がこの体たらく。閣内不一致どころか歴史認識ゼロ

▼思考回路のどこをどういじればこんな暴言、妄言が口から突いて出てくるのか。被害者たちと向き合って、一から事実を知って生まれ変わるほか術はない

▼この問題と関連し、ニューヨークタイムズに続いてワシントンポストも24日付社説で取り上げ「安倍首相は、慰安婦問題を否認することで北朝鮮に日本人拉致被害者問題解決を要求する日本政府の道徳的権威を強化できると思うかもしれないが、実際は正反対」「(慰安婦)犯罪責任を認め、犠牲者たちに謝罪しなければならない」と迫った。それでもなお、言い訳に終始する。やはり器の問題なのか。(彦)

[朝鮮新報 2007.3.28]