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声を上げ続けること

 26日付本紙6面に日本当局による強制捜索の一覧を掲載した。リストを作り、記事を執筆する過程でその数の多さ、手口の非道さに怒りがこみ上げてきた。

 メディアのわい曲報道や当局による政治弾圧問題について取材、執筆するたびに、日本社会で高まる「北朝鮮」排外主義に反対していく必要性を感じている。

 最近折に触れて米国公民権運動の指導者M.L.キング牧師の著作の一節を思い出す。大学時代に接した本だ。「なぜ座り込みやデモ行進などの直接行動に出るのか。交渉というもっと良い手段があるではないか」という「穏健派」の問いかけに、彼は獄中でこう書き記している。

 「非暴力直接行動の狙いは、話し合いを絶えず拒んできた地域社会に、どうでも争点と対決せざるをえないような危機感と緊張状態を作り出そうとするものだ。それは、もはや無視できないように争点を劇的に盛りあげようというものだ」

 政治弾圧が当然のことのように報じられ社会に受容されていく異様な状況にあるからこそ、示唆に富む言葉だと思う。

 警察当局が総連の活動の「事件化」を叫ぶなら、逆にこちらが当局の横暴を「争点化」すればいい。

 来月3日には大規模な集会とデモがある。筆者の周辺では危機感がすでに最高潮に達している。仕事を休んでも参加するという知り合いもたくさんいる。

 声を上げ続けること。弾圧に断固とした「NO!」の意志を示すこと。見えなくされてきた問題を明るみに出し、その解決を迫ること。今までもそうしてきたし、これからもそうだ。(相)

[朝鮮新報 2007.2.26]