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春・夏・秋・冬

 口を開けば「皮膚感覚での日朝交流」を説いてきた知人が先日、亡くなった。50代半ばの若さだった。説くばかりでなく、決して多くはない私財をつぎ込むような形で書籍を寄贈するなど、朝鮮との交流をまさに地道に、多様にコツコツと積み重ねてきた。ここ数年の間に訪朝した回数は10回を超えていた

▼知人の活動趣旨に共鳴した訪朝経験者(一般市民)やジャーナリスト、大学生たちが次第と集うようになり、国際情勢から政治、文化に至る自由論議を交わすようになった。上辺だけの興味、あるいは「一儲け」の機会を求めて参加していた者たちは「皮膚感覚の日朝交流」から脱落し遠のいていった

▼朝鮮が解放されてから61年、朝・日友好親善のために力を尽くしてきた日本市民は数知れない。著名な政治家、ジャーナリストもおれば労働、市民運動家など各階層にまたがる。日本当局が理由なき「制裁」を科した現在も、その不当性を身の安全も省みず指摘し行動する人たちがいる。「皮膚感覚」で朝鮮と、そして在日同胞たちと付き合いをしてきたからこその結果だと思う

▼亡くなった知人と行動を共にすることが多かったあるジャーナリストは、「朝鮮敵視一辺倒風潮の中で、彼のような貴重な活動をする人が出てくるだろうか」と呟きながらも、「他人に期待するのではなくまずは自らの行動を問わなければ」と語った

▼現在は未来に通じる。その根底にあるのは過去でありそれぞれは切り離せない関係にある。自らをふり返りながら、「皮膚感覚の交流」を追求していきたいと思う。(彦)

[朝鮮新報 2006.9.16]