|
南朝鮮の地方自治体選挙、野党ハンナラ党が圧勝した。元来の地盤、慶尚道での勝利は予想されたこととはいえ、与党ウリ党の牙城と言われたソウル・首都圏(京畿道、仁川市)でも、市、道議員候補者234人全員が当選。区、市長、郡守候補者も92%が当選を果たした ▼政党別得票数を見るとハンナラは1008万票、ウリ党は405万票で、その差はダブルスコア以上も開いた。ウリ党に激震が走り「求心力を失った抜け殻のような状態」と南朝鮮のマスコミは報じているが、当然かもしれない。鄭東泳議長は責任を取って辞任。後継議長人事は難航している ▼今回の結果を受けて、南内部では盧大統領の責任を問う声がある。日本のマスコミもこの時とばかり、「我事」のように、南北融和路線に対する世論の冷徹な審判だと指摘する。しかし、盧大統領は「一度や二度の敗北はそれほど重要ではない」とどこ吹く風である ▼ここで思い出されるのが前回、2002年6月の地方選挙である。この時の選挙は、年末に大統領選挙を控えていたこともあって、その帰趨が非常に注目された。結果はハンナラの勝利。得票数を見ると同党は52.1%を獲得した。野党民主党は29.1%。ダブルに近い差だった。ところが大統領選挙ではハンナラの李会昌が46.6%で、民主党の盧武鉉に2.3%の僅差で敗れた ▼国会補欠選挙での連敗、今回の敗北と与党にとってプラス材料ではないが、だからといって悲観的になる必要もない。何よりも6.15時代は後戻りできないほどに根を張っているからだ。(彦) [朝鮮新報 2006.6.6] |