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〈拉致問題を問う〜対話と圧力〜B〉 ブッシュ政権 駆け引き材料に

人権侵害を擁護ポーズで被う

 4月28日、ブッシュ米大統領は日本人拉致被害者の家族と面会した。その場面がテレビなどで繰り返し報じられ、余韻が尾を引いている。しかし実状を冷静に見るべきだ。

 当日、拉致被害者の家族は韓国在住の脱北者たちや中国瀋陽の日本総領事館に駆け込んだ金韓美ちゃん一家などといっしょで、同、面会時間はわずか30分間ほど。さらに、ブッシュ氏は5月11日、いわゆる中国の反体制派メンバーにも会ったが、こちらには予定の30分を大幅に超え1時間以上も割いている。それらはブッシュ氏の人権重視感覚の発露だったのか。これにより「拉致問題」は解決へ向けて進展したといえるだろうか。

 ブッシュ氏の人権と拉致問題解決。お門違いもはなはだしい。まず米国内の状況だが、人種差別と権力犯罪、弱者排除、貧民放置、はては令状なしの盗聴行為(愛国法)、移民労働者問題などまさに惨たんたる様相を呈している。

 国外でもまた、たとえば根拠なきアフガンやイラクの虐殺経緯がブッシュ氏の人権感覚を明確に証し、アムネスティ・インターナショナルが4月6日に告発した、CIAのテロ犯ときめつけた者たち≠ノ対する拉致や拷問の実態はあまりにもすさまじく人権のカケラすらない。

 ようするにブッシュ氏は、きわめつきの人権侵害行為の数々を人権擁護ポーズで被うつもりらしいが、そのあさましい姿は隠しようがなく、ここでひときわ注視したいのはいまや「日本人拉致問題」をも抱え込み、それをすっかり中国や北朝鮮に対する政治的かつ軍事的な駆け引きの材料にしてしまった点だ。

 すなわち拉致問題は、今までとはまったく別の次元へ移行してしまったと考えられなくもないのである。

 ブッシュ氏は今年1月の大統領一般教書演説の冒頭、「将来の運命を決められるのはわれわれのリーダーシップだけである。米国は世界をリードし続ける」と断言した。で、彼は他国に平然と干渉し、究極の人権侵害である殺りくを繰り広げ、あろうことか国家予算を使って他国民の誘惑ビジネス(北朝鮮人権法)などにいそしむ。そのような者をだれが信用するだろうか。

 いや、日本政府だけは特異な体質と感性を持っているのかもしれない。たとえば4月の拉致被害者家族の訪米とブッシュ大統領面会をこう評価したという。

 「日米連携をアピールするチャンス」(産経新聞4月29日付)

 問わず語りとはこのことではないか。彼らの頭に拉致問題の「解決」が存在しないとしたら、そこにあるのは何か。次のように問うほうが正確かもしれない。彼らが「拉致」を叫びつつ、しかしその「解決」を厭うのはなぜか。

 ブッシュ氏と拉致被害者家族たちの面会の3日後。ワシントンで日米の外務、防衛の担当閣僚が日米安全保障協議委員会(2+2)を開催、在日米軍の再編に関し最終合意した。これによって日米両軍は完全に融合し、あまつさえ日本側はそのために約3兆円を投じることになったのだが、直前の拉致被害者家族とブッシュ大統領面会は哀しいことにまるでこの2+2セレモニーを盛りあげるためのいわば狂言めいたものになっていなかったか。その印象は2+2合意のさらに3日後の出来事をみればいっそう強まる。

 5月4日、やはりワシントンで日米安全保障戦略会議が開かれた。これは日米の政治家(日本側=安全保障議員協議会)、自衛隊、国防省の高官、さらに三菱グループやロッキード・マーティン、ボーイング、レイセオンなどの巨大軍需企業群のトップたちが合流し、6兆円産業などと試算されるMD(ミサイル防衛)システムの構築を中心に据えて日米軍需産業の興隆をはかろうと春秋2回開いている会合である。

 彼らは明確に政策形成を意図する。実際、前述した2+2合意などに深くコミットし真の演出者になっている。さて、その日本側の安全保障議員協議会(会長=瓦力元防衛庁長官)に所属する政治家だが、ここには現防衛庁長官や元防衛庁長官がずらりと顔を並べ、とりわけ拉致問題と「危険な北朝鮮」を煽りつつ有事法制化などに奔走、同時に日本列島のMD武装化を進めてきた者たちである。

 ちなみに、米軍再編の最終報告書に「車力分屯基地(青森県の航空自衛隊基地)に設置する」と明記された、米国を防衛するためのXバンドレーダー(ミサイルを前方で探知する最新型早期警戒レーダー)は安全保障議員協議会の面々が以前からひそひそと推進してきた課題のひとつであり、また、たとえば5月4日のワシントン会議に日本側代表として出席した久間章生安全保障議員協議会副会長(元防衛庁長官、自民党総務会長)は訪米前の自民党森派の会合(4月27日)で日本軍需産業の拡充のため武器輸出3原則の撤廃が必要だと強調し、「今回の訪米で話をしてくる」などと約束している。

 ようするに、拉致問題をフォローしていく。すると、いつしか肝心の拉致問題のカゲが薄れて米国の北東アジア戦略が迫り出し、ついに日米軍需産業が顔を覗かせるのだ。なぜ拉致問題は解決しないのか。じつは皮肉なことに拉致問題の解決を声高に唱える者たち≠アそが、両手を広げ立ちはだかっているからである。(野田峯雄、ジャーナリスト)

[朝鮮新報 2006.5.19]