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〈朝鮮大学校第48回卒業式〉 希望にあふれる卒業生たち、同胞社会の発展に力を尽くす

 朝鮮大学校(東京都小平市)の第48回卒業式が10日、同校で行われ、総連中央の徐萬述議長、許宗萬責任副議長、南昇祐副議長、同校の張炳泰学長、卒業生、教職員、学父母らが参加した。式ではまず、許宗萬責任副議長が朝鮮教育省から送られた祝電を朗読した。つづいて、徐萬述議長が祝賀のあいさつを述べた。張炳泰学長の学事報告のあと、卒業生全員に卒業証書が手渡された。また、朝鮮教育省の表彰状、卒業論文賞など、各表彰や賞が授与された。式終了後、卒業生たちによる公演が披露され、午後は学父母や教職員を招いて卒業祝賀宴が開かれた。

式終了後、いたるところで行われた記念撮影(写真は舞踊部所属の卒業生たち)

 21世紀の同胞社会の発展に力を尽くし、各分野ではばたこうと、今年も多くの学生たちが朝鮮大学校を卒業した。当日は小雨に見舞われたものの、卒業生の眼は希望であふれていた。

 政治経済学部の金亜紀さんは、「苦労しながら朝大に送ってくれたおかげで、一生の友だちに出会えた」とオモニにあてた手紙に卒業を迎えての心情をつづった。滋賀から大阪に引っ越すことになった高級部2年生の時、自分の職場を見つけてもいないのに、まずは変わらず朝鮮学校に転校させてくれたオモニに感謝していると語った。

 オモニの朴淑姫さん(53)は、クリーニング店、焼肉屋などさまざまなバイトをかけもちしながら金さんを希望の朝大に進学させた。「ほかの親たちもみんな、苦労しながら子どもを卒業させたんだね」とのオモニの言葉を耳にした金さんは、「オモニも十分したよ」と感謝の声をかけた。

 高校まで日本の学校に通い、朝大から民族教育を受けた体育学部の司空譲さんは、「正直、入学したあと、何度も辞めようと思った。でも、そのたびに学友たちが支えてくれた。朝まで悩みを聞いてくれたこともあった。友だちがどれほど大事なものか、朝大で知ることができた」と4年間をふり返った。

花ふぶきの中を歩く卒業生たち

 アボジの司空★吉さん(65)は、「私は民族教育を受けていない。民族意識はあるが、ウリマルとウリクルを知らない。息子にはそうなってほしくなかった」と朝大に入学させた動機を語った。「朝大を辞めたがっていた息子の気持ちを知っていただけに、『アボジ、朝大に送ってくれてありがとう』と言われたときは本当にうれしかった」と満面に笑みを浮かべた。

 外国語学部英語学科の李東真さんは、朝大研究院に進む。李さんは在学中にビデオ編集部に所属。その分野をより深めるために5月からカナダへ留学する。「将来は、映像を通して在日の現状を世界に伝えたい」と目を輝かせる。

 オモニの鄭敬子さん(56)は、「4年間で本当に変わった。地に足がついた感じだ。『挫折はしない』と言った本人の言葉を信じている。目標を達成するためにがんばってほしい」。

 体育学部の鄭大世さんは、Jリーグの川崎フロンターレに所属しており、昨年末からチームの練習に参加している。

 祝賀宴で鄭さんは、「オモニは一番の相談者であり、理解者。そんなオモニと昔は結婚しようと思っていた」と、素直な心情を吐露した。

 隣で聞いていたオモニの李貞琴さんは、照れ笑いしながら、「3人兄弟の末っ子の大世が一番悩みを打ち明けてくれた」。そして「世界にはばたけるようなサッカー選手になってほしい。でも、ケガだけはしないように」と鄭さんに伝えた。

 実家が東京の文学歴史学部歴史地理学科の崔竜哲さんは、静岡朝鮮初中級学校で教鞭をとることになった。

 「4年間、本当に心配と苦労をかけた。とても感謝している。親のために教員と違う職につこうかと迷ったが、アボジの『自分のやりたいことをやれ』の一言ですべてがふっきれた。…帰省したときは食事でもごちそうします」と語った。

 そして、「学友たちと約束したことを忘れず、しっかり教員生活をまっとうしたい」と決意する。

 オモニの朴根秀さん(52)も歴史地理学部卒業生で、神奈川初中高で教員を2年務めた。母校を訪れたのは30年ぶりだという。「卒業式の時、オモニと歌を歌ったことを思い出す。力強い公演を見てとても心が温かくなったし、息子を学ばせてよかったと心から思った。どこに行ってもがんばってほしい」。(安愛麗、尹蒼賢記者)

★=氵に云

[朝鮮新報 2006.3.14]