〈検証 再入国問題−上〉 自己実現、祖国往来の欠かせない権利 |
7月5日の朝鮮民主主義人民共和国によるミサイル発射実験以降、「朝鮮」表示(外国人登録上の国籍欄の表示が「朝鮮」となっている者。いわゆる「朝鮮籍」)の在日同胞に対する再入国許可に制限が加えられている。本稿では、再入国の権利の持つ意味やその獲得の歴史について触れながら、国際法や日本の国内法上、在日朝鮮人の再入国の権利が基本的人権の一つとして保障されており、恣意的に侵害されてはならないことを述べるとともに、入管窓口における具体的対処法についても簡潔に触れることとしたい。 「厳格審査」は重大な人権侵害
法務省は、7月5日付で入国管理局長名義の通達を出し、各地の地方入国管理局長に対し、「在日朝鮮人(再入国許可書所持者)(=事実上「朝鮮」表示者を指す。筆者註)からの再入国許可申請があったときは、渡航目的、渡航先、日程等を詳細に把握し」「数次再入国許可を希望する場合には、最低でも2回以上の渡航日程を提出させたうえで、数次再入国を許可する。2回以上の渡航日程の提出のない者については、1回限りの許可とする(有効期限は旅行期間+3カ月)」よう指示した。 かかる「厳格審査」の指示のもとで、各地の入管窓口では、「朝鮮」表示の在日同胞からの再入国許可申請に対して、@旅行計画書の提出を求められる、A再入国許可書の即日交付がなされない、B数次再入国許可が認められない場合がある(その場合、1回限りの許可となる)などの不当な制約が課せられるようになっている。 このような「厳格審査」は、在日朝鮮人の基本的人権である再入国の自由(=祖国及び第三国への渡航の権利)に対する重大な侵害である。日本で出生し、日本に生活基盤を有する在日朝鮮人が、朝鮮政府による発射実験に関し、何らの責任を有しないことは明らかである。にもかかわらず、在日朝鮮人一般が日本政府による不当な「制裁」の犠牲となり、長年の運動により勝ち取ってきた基本的人権である在留の権利、再入国の権利を再び奪われようとしているのである。また、日本政府は、従来、外国人登録上の「朝鮮」籍は国籍を意味するものではないとの見解を採ってきたにもかかわらず、もっぱら「朝鮮籍」の在日朝鮮人のみを対象として、「制裁措置」が発動されている状況にあるが、これは、「制裁措置」の本来の目的すら逸脱した蛮行であり、断じて許容されてはならない。 無条件には認められていない再入国 そもそも、「再入国の自由」とは何だろうか。それは、端的には言えば、日本をいったん出国したあとに、日本に戻ってくる権利のことである。日本の現行制度のもとでは、外国人であるわれわれ在日同胞は、このような再入国の自由が無条件には認められていない。日本を出国する前に、法務大臣の「再入国許可」を得なければ、日本には(当然)戻って来られないようになっているのである。この再入国許可には、1回限りの許可(=「シングル」)と数次再入国許可(=「マルチ」)があり、「マルチ」の許可を得ると、有効期間内(特別永住者の場合一般に4年間)であれば、何度でも再入国が可能となる。 日本の出入国管理及び難民認定法(入管法)は、事前に再入国の許可を受けて出国した外国人に限って、当該外国人が有していた在留資格を失うことなく、再び日本に入国することを認めている(入管法26条)。そして再入国を許可するか否かは、法務大臣の裁量に委ねられている。 在日朝鮮人が再入国許可を受けずに日本を出国した場合、「特別永住」の在留資格を失い、日本への入国、在留が保障されない。いわゆる崔善愛事件では、指紋押捺を拒否したため再入国許可を得られなかった在日同胞(韓国表示)が、再入国許可を受けないまま日本を出国した結果、「協定永住」資格を失っている(この事件の当事者は、結局、「特別在留許可」を受けて日本に再入国した)。 家族や財産等の生活基盤が全て日本国内に存在する在日朝鮮人にとって、特別永住者としての在留資格を失うことは、日本における生活の根幹が破壊されることを意味するのであるから、再入国許可を得ないまま日本を出国することは事実上不可能である。グローバル化が進む現代では、海外渡航(観光目的、商用など、目的はさまざまである)は、個人の自己実現を図るうえで欠かせない重要な行為であり、渡航の権利を意味する再入国の自由は、基本的人権の一つとして最大限尊重されなければならない。 そして、在日朝鮮人にとって再入国の自由は、単なる海外渡航の権利にとどまらない。在日朝鮮人にとって再入国の自由は、祖国往来、親族訪問を担保するものでもある。 在日朝鮮人が、祖国を訪問するためには、必然的に居住地である日本から出国せざるをえない。とすれば、朝鮮を渡航先とした再入国が許可されなければ、日本での永住を前提としている在日朝鮮人は、事実上祖国への往来手段を断たれることとなるのである。 日本による植民地統治と第二次大戦後の南北分断という歴史的悲劇の被害者となった朝鮮民族は、同じ民族の構成員が朝鮮半島の南北のみならず、海外にも散らばって住むことを余儀なくされた。朝鮮民族はみな、「離散家族」の一員であるといっても過言ではない。これらの親族との面会、交流を行うためには、日本と朝鮮半島との間の自由な往来が保障されなければならないのであって、在日朝鮮人にとっての再入国の自由は、祖国往来、親族訪問を担保するものであり、人道的観点からも必ず保障されなければならない権利なのである。(李春熙、弁護士、田村町総合法律事務所) [朝鮮新報 2006.11.10] |