top_rogo.gif (16396 bytes)

〈資料〉 熊本朝鮮会館に対する固定資産税等の免除を違法とした福岡高裁判決批判〜税法学的には誤りの判決〜

1.はじめに

 熊本朝鮮会館(熊本市九品寺2丁目)に対しては、熊本市は、熊本市税条例(以下「本件条例」という)等で規定する「公民館類似施設」に該当するとして、久しく固定資産税、都市計画税(以下「固定資産税等」という)を免除してきた。この免除措置を違法であるとして熊本市民の一部が住民訴訟(地方自治法242条の2)を提起した。熊本地裁05年4月21日判決は、熊本市の本件免除措置を適法であるとして熊本市民の請求を棄却した。

 しかるに、同住民訴訟の控訴審で福岡高裁06年2月2日判決(以下「判決」という)は、熊本朝鮮会館は「公民館類似施設」に該当しないとして熊本市の本件免除措置を逆に違法であるとする、驚くべき熊本市側敗訴の判断を示した。

 この判決の影響するところは大きいと考えられる。

 結論を先に言えば、福岡高裁判決は税法学的には誤りである。

 以下、この点を明らかにすることとしたい。

2.本件固定資産の所有者

 判決における第1の誤りは、本件固定資産(熊本朝鮮会館とその敷地)の実質的所有者についての配慮を行っていない点である。

 本件固定資産の実質的所有者は朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)熊本県本部である。ただ、同組織は人格のない社団であるために、登記をすることができないところから、形式的に有限会社朝日商事なる法人を設立し、名義上、同法人の所有としているにすぎない。

 もっとも「熊本朝鮮会館管理会」から朝鮮総連熊本県本部が本件固定資産を無償で貸与、使用するという形式がとられているが、本件固定資産の実質的所有者は朝鮮総連熊本県本部である。このことは、本件固定資産をめぐる税務行政において「公知の事実」であるといってよい。

 この点、判決は、本件固定資産の所有者が有限会社朝日商事であることを重視し、本件固定資産が「公益のために直接専用する固定資産」、「公民館類似施設」などに該当するかどうかをそもそも検討するまでもないとしている。

 すなわち、「朝日商事は、地方税法367条が定める『その他特別の事情がある者』に該当しないことはもちろん、本件減免対象部分を本件条例50条1項2号に定める『公益のために直接専用する』者に該当しないこと明白であるから、朝日商事が所有者として登記されている1記載の土地及び朝鮮会館については、その固定資産税の納付義務者である朝日商事に、地方税法367条及び本件条例50条1項2号に定める減免事由は何ら認められないことになる。しかるに、この点について、被控訴人からは何らの主張、立証もない。

 そうすると、本件減免対象部分が、被控訴人(熊本市長)が本件減免措置の根拠の1つとして主張する、地方税法367条の下位規範である本件条例50条1項4号に定める『市長が特に必要と認める固定資産』、本件条例50条1項2号の下位規範である本件規則6条1項2号ウに定める『公民館類似施設』や『その他これらに類する固定資産』にそれぞれ該当するか否かを検討するまでもなく、本件減免措置は、既に違法といわねばならない。」

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する主観的感情はともかくとして、北朝鮮は、国際的に独立国であり、国際連合にも加盟している。ただ、日本国との間に国交がないだけである。周知のように、美濃部亮吉東京都知事がいちはやく「外交関係に関するウィーン条約」(1964年条約14号)23条(公館に対する税の免除)などの趣旨をふまえて、「朝鮮総連」を北朝鮮の在外公館(大使館、領事館)的存在であるとし、在外公館に準ずる公益施設としての取り扱いを行ってきた。つまり、東京都は、約40年間、固定資産税等の免除措置を講じてきたわけである。

 本件固定資産は「朝鮮総連」の地方組織の施設であり、いわば領事館に準ずるものである。本件固定資産が、もっぱら北朝鮮の国益、在日朝鮮人の基本的人権の擁護、在日朝鮮人のための民族文化活動等に利用されていることこそが領事館的機能である。この領事館的機能自体が「公益」の用である。

 判決は、本件固定資産の実質的所有者に対して、根本的認識を欠き、誤った判断を示した。

3.本件固定資産と公民館類似施設

 判決の第2の誤りは、本件固定資産が「我が国社会一般の利益のために」に利用されていないとして、「公益のために直接専用する固定資産」に該当しないとした点である。

 この点を検討するにあたって、関係法令を確認しておきたい。

 後に項を改めて検討するところであるが、住民が地方税について納税義務を負う法的根拠は、国の「地方税法」(昭和25年法律226号)ではなく、当該住民の代表機関である地方議会の制定した税条例それ自体であるという点が認識されねばならない。日本国憲法のもとでは、いわゆる委任租税条例主義ではなく、本来的租税条例主義が妥当するという点である。地方税については、いわゆる枠規定(憲法94条の「法律の範囲内」の「法律」規定)を含めて、当該租税の租税要件等のすべてが当該税条例自体において完結的に規定されねばならないのである。国の「地方税法」の規定は枠規定を含めて本来、標準法にすぎない(詳細については、拙著『税法学原論、5版』青林書院101頁以下の「地方税、本来的租税条例主義」、同345頁以下の「本来的租税条例主義論の展開」。拙著『税法問題事例研究』勁草書房47頁以下の「本来的租税条例主義論の展開」など)。

 本件条例50条1項は、「市長は次の各号の一に該当する固定資産のうち、必要があると認めるものについてはその所有者に対して課する固定資産税を減免することができる。(1)貧困により生活のため公私の扶助を受ける者の所有する固定資産。(2)公益のために直接専用する固定資産(有料で使用するものを除く。)。(3)市の全部又は一部にわたる災害又は天候の不順により、著しく価値を減じた固定資産。(4)前各号に定めるもののほか、市長が特に必要と認める固定資産」と規定している。

 この本件条例50条1項2号を受けて、熊本市税条例施行規則(以下「本件規則」という)6条は、次のように規定している。

 第6条 条例第50条第1項各号に規定する固定資産税の減免は、次の各号の定めるところによる。

 (1)貧困により生活のため公私の扶助を受ける者の所有する固定資産(扶助を受けている期間に到来した納期分)

 (略)

 (2)公益のために直接専用する固定資産

 ア(略)

 イ(略)

 ウ 公民館類似施設、児童遊園地、防犯詰所、消防団施設、その他これらに類する固定資産(有料で使用するものを除く。)全額免除

 エ(以下、略)

 (3)市の全部又は一部にわたる災害により、著しく価値を減じた固定資産。

 (略)

 (4)文化財保護法(昭和25年法律第214号)第56条の2第1項の規定により登録され、同第56条の2の2第1項の規定により告示された登録有形文化財である家屋(略)

 (5)その他、前各号に準ずるもので、市長が認めるものについては、減免することができる。

 熊本市では、本件固定資産は、本件条例50条1項2号「公益のために直接専用する固定資産」、本件規則6条2号ウ「公民館類似施設」に該当するとして、固定資産税を免除した。

 第1審熊本地裁は、右の熊本市の免除措置を適法とした。ところが判決は本件固定資産が本件条例50条1項2号、本件規則6条2号ウに該当しないとして、熊本市の免除措置を違法とした。

 判決はいう。「...朝鮮会館全体が、朝鮮総連の活動拠点として、そのために専ら使用されていることは明らかといわなければならない。すなわち、このような朝鮮会館の使用が『我が国社会一般の利益のために』ということができるかが問われることになる。...朝鮮総連が、北朝鮮の指導のもとに北朝鮮と一体の関係にあって、専ら北朝鮮の国益やその所属構成員である在日朝鮮人の私的利益を擁護するために、我が国において活動をおこなっていることは明らかである。このような朝鮮総連の活動が『我が国社会一般の利益のために』行われているものでないことはいうまでもない」。

 ここで注意しておきない点は、本件朝鮮会館のすべてが熊本市において固定資産税等の免除の対象とされていないという事実である。すなわち、本件朝鮮会館のうち、商工会等事務室や朝鮮新報社事務室部分については免除要件を充足していないとして熊本市自身が免除対象になる本件固定資産から除外している。熊本市としては、公益要件を充足すると認められる部分に限って、具体的に免除措置を講じているわけである。このように、本件は結局、免除要件を充足しないとして除外された部分以外の本件固定資産が、本件条例50条1項2号、本件規則6条2号ウに該当するかどうかということになろう。

 判決は、いう。「...公民館は、実際生活に即する教育、学術及び文化に関する各種の事業を行う施設とされている。...この公民館類似施設等とは、専ら上記の意味における公益的な活動を目的、内容とする施設を指すものと解するのが相当であり、公民館と同様に、一定の属性を有する者を対象とした施設ではなく、一定区域の住民を広く対象とした施設を予定しているものと解するのが相当である。...朝鮮会館が上記『公益のために』利用された形跡は全く認められない。(『公民館類似施設』としての)の減免事由が存在するとは到底認められない」。

 住民訴訟を提起した市民側は、パスポート発行事務等は、公民館の事業に該当しないとして、公益性がないと主張している。石原慎太郎東京都知事も、その第1期においては、朝鮮総連の施設については、全額、固定資産税等の免除を維持した。しかし、同知事はその第2期の途中から、免除を行わないこととしたのであったが、その同知事ですらも同事務等の部分は公益性があるとして、免除している。この点、判決は市民側の主張を結果的に肯認した。

 すでに指摘したように、本件固定資産が北朝鮮の領事館的機能を果たしており、判決の指摘する北朝鮮の国益、在日朝鮮人の私的利益を図ることそれ自体が、日本社会の公益に資することになる。熊本市も本件固定資産を公民館そのものとしてではなく公民館類似施設としてとらえている。

 本件免除措置は、そもそも「外交関係に関するウィーン条約」23条、1953年の自治庁次官通達「駐在日外交官及び領事官に対する地方税課税上の待遇について」などの趣旨に基づくものである。判決の認定は誤りであるといわねばならない。

 なお、本件固定資産において資料等の展示、各種の講座、集会等の公益活動が展開されている。本件固定資産の利用はもっぱら在日朝鮮人が中心であるが、広く熊本の日本人らにも開放されている。

 在日朝鮮人は熊本市内に約650人、熊本県内に約1200人が生活している。彼らには日本人と結婚した者も少なくはない。また、日本国に帰化した者も少なくはない。在日朝鮮人のほとんどが日本国の永住権者であり、まさに熊本県民、熊本市民である。この点からいっても本件固定資産が「公民館類似施設」に該当することには疑問の余地がない。

4.本来的租税条例主義

 本件住民訴訟を提起した市民側は、本件固定資産に対する固定資産税等の免除措置についていわゆる委任租税条例主義的観点に立って、国の「地方税法」の関係規定では、「経済的に固定資産税を納付することが不能ないしは困難であること」が要件となっているとし、本件固定資産に対する固定資産税等の免除措置は法的根拠を欠くと主張している。

 そこで、このことに関連して、若干の検討を加えることとしたい。

 地方税法367条は、「市町村長は、天災その他特別の事情がある場合において固定資産税の減免を必要とすると認める者、貧困により生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り、当該市町村の条例の定めるところにより、固定資産税を減免することができる」と規定している。

 控訴人である市民側は、本件条例50条1項2号の「公益のために直接専用する固定資産」、本件規則6条2号ウの「公民館類似施設」も、右地方税法の規定のもとでの規定と解すべきであり、前出の資力要件を充足する必要があると主張している。

 先にも述べたように、いわゆる枠規定を含めて国の「地方税法」の規定は本来、標準法であって、人々は法的には本件条例およびそれを受けて制定された本件規則のみに基づいて納税義務を負うのである。これが日本国憲法の本来的租税条例主義である。

 したがって、本件固定資産が本件条例50条1項2号の「公益のために専用する固定資産」および本件規則6条2号ウの「公民館類似施設」に該当するかどうかを客観的に見極めればよい。前出の資力要件は本件条例50条1項2号および本件規則6条2号ウでは要件とされていない。このように、日本国憲法の本来的租税条例主義のもとでは市民側の主張には理由がないといわねばならない。

 日本国憲法の本来的租税条例主義の視角からいえば、憲法論的には「地方税法」の関係法令を検討する必要がないのであるが、前出の市民側の主張もあるところから、念のために、国の法令との関係においても、本件条例50条1項2号、本件規則6条2号ウの合理性を文理的に明らかにしておきたい。

 地方税法367条は「...貧困により生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限り」と規定している。同条が「...扶助を受ける者その他の特別の事情がある者に限り」とは規定しておらず、法令用語の通例の理解によれば、同条の「その他特別の事情がある者に限り」は前条の「...扶助を受ける者」の規定に文理的に拘束されないことになる。さらに、地方税法6条は「公益等に因る課税免除及び不均一課税」を規定している。本件条例および本件規則は、地方税法367条および地方税法6条の趣旨をふまえたものと見ることができる。このように、地方税法の規定との関係からも、市民側の主張には理由がない。

 本来的租税条例主義のもとでは課税庁の行為は法に厳格に拘束された覊束(きそく)行為である。仮に課税庁に裁量が認められるとしても覊束裁量ないしは法規裁量であるといわねばならない。

 本件固定資産が以上の検討で明らかのように、本件条例50条1項2号の「公益のために直接専用する固定資産」であり、本件規則6条2号ウの「公民館類似施設」に該当することには疑問の余地がない。仮に百歩ゆずって、本件固定資産が「公益のために専用する固定資産」、「公民館類似施設」に該当しないとしても、本件条例50条1項4号自体が「前各号に定めるもののほか、市長が特に必要と認める固定資産」と規定しており、また、本件規則6条2号ウ自体が「その他これらに類する資産」と規定していることが注意されねばならない。

 本来的租税条例主義のもとでは、これらの規定は自由裁量規定ではなく前出指摘のように覊束裁量ないしは法規裁量規定と解さなければならない。そのような覊束裁量ないしは法規裁量規定とする理解のうえにおいて本件固定資産が前出「前各号に定めるもののほか、市長が特に必要と認める固定資産」、前出「その他これらに類する資産」に該当することは疑問の余地がないといわねばならない。

5.結語

 以上、本件固定資産に対して固定資産税等の免除措置を講じた本件熊本市の対応は、適法である。このことに関連して何十年にわたって、熊本市が本件固定資産に対して固定資産税等の免除措置を講じてきた事実が重く受け止められるべきである。この間、本件固定資産の利用状況及び本件条例、本件規則などには何の変化もない。

 本件、福岡高裁判決は破棄されねばならない(拙稿「『朝鮮総連』の固定資産税問題」立命館法学300、301号、同『税法問題事例研究』勁草書房370頁以下の「『朝鮮総連』への固定資産税課税とその法的検討」など)。

 【付記】「朝鮮総連」の中央および地方の施設については、40数年前の前出美濃部亮吉東京都知事時代から固定資産税等の免除措置が全国的に講じられてきた。石原慎太郎現東京都知事の時代になってもその第1期においては全額免除とされた。しかし、その第2期の途中から、同知事の考え方の変更により、中央では「朝鮮総連」の施設について課税されるようになった。この考え方が地方にも波及した。しかし、熊本市長および本件熊本地裁は税法学の理論に従って固定資産税等の免除を継続した。この点は高く評価されねばならない。(北野弘久、法学博士・日本大学法学部名誉教授)

 以上

[朝鮮新報 2006.2.22]