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春・夏・秋・冬

 14日、ソウルで開幕した8.15民族大祝典。祖国光復記念日を北、南、海外同胞、そして当局代表団も参加して、それもソウルで開催するのは1945年8月の光復後、初めてのことである。日本による不法な植民地支配、光復後の分断によって、離れ離れにならざるをえなかったわが民族が1つの場に集うという意義をあらためて噛み締めてしまう。統一への確かな一歩なのだと

▼しかし、統一とは感傷的なものではない。北南、海外の感情、政治信念、生活環境などが複雑に絡み合った困難な作業である。それらを乗り越えて1つになろうと、約束し合ったのが6.15共同宣言だった

▼とはいっても分断60年。一足飛びではゴールには到達できない。60年の間に積み重ねられ植え付けられてしまった対決、敵対の歴史、意識を完全に払拭することは容易なことではない

▼ソウル大祝典の一環として開催された北南サッカーを巡る朝鮮、中央、東亜3紙の、歩調を合わせたかのような11日付社説はその困難さの一端を見せつけるものだ。「大極旗も振れないようにし、大韓民国も叫ぶことができないようにした主催者側の意図は何なのか」(朝鮮)と、あたかも「親北容共を通じた国家転覆を狙っているかのよう」に世論を導く(統一ニュース)

▼共同行事の場合、それぞれの国家を形容するものはいっさい表には出さないというのが合意である。記者発表されるのだから、朝鮮日報などが知らぬわけがないのに、この主張だ。守旧勢力には「わが民族同士」の勢力で対抗していかなければ。(彦)

[朝鮮新報 2005.8.16]