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〈月間メディア批評〉 極右批判できない報道界

ジャーナリズムの衰退

 2005年という年は、ジャーナリズムがさらに衰退し、権力批判機能をほとんど放棄した年であった。 朝日新聞が1月12日に報道した、安倍晋三衆議院議員らによる旧日本軍慰安婦制度を裁いた「女性国際戦犯法廷」に関するNHKの特集番組への検閲問題が、朝日以外のメディアによる朝日バッシングによって政治問題化せず、当の安倍氏が9月の総選挙後に内閣官房長官に就任するに至った。

 私が調べたかぎり、安倍長官の就任会見や、「新閣僚に聞く」というインタビューの場で、安倍氏にNHKへの検閲疑惑に関して聞いたメディアは一つもない。朝日記者も質問していない。安倍氏は次期首相候補の最有力候補とされている。

 安倍氏が圧力をかけたことによって放送直前に改竄されたNHKのETV特集番組をめぐる東京高裁の民事裁判で12月5日、松尾武・元NHK放送総局長が初めて証言台に立った。松尾氏は従来のNHKの主張の線に沿って慎重に証言した。松尾氏は「番組が4本とも一つの素材で、法廷を中継するものだという誤解が政治家の間であったので、誤解を解くために安倍氏らに会った」「番組が当初からの企画から外れていたので企画通りにするためだった」などと述べたが、苦しい言いわけだった。

 しかし、魚住昭氏が「現代」9月号でスクープした朝日新聞の取材記録に載っている松尾氏のさまざまな発言について原告代理人に聞かれた松尾氏は、「その通り言った」「まちがいありません」と認めた。ただし、「朝日記者の執拗で巧みな誘導によって、そう答えてしまった」と弁解した。

 松尾氏は偽証罪に問われることを恐れて、「現代」誌上での発言をすべて認めたのだろう。朝日が松尾氏の取材の際、録音をとっていると考えての判断だろう。

 大幅に改変された番組の試写の場に、安倍氏との面談に同席した当時、総合企画室にいた野島直樹理事がいたことについて、「特段の意味はない」などとしか答えられなかった。

 松尾氏は「慰安婦制度」に関して日本政府が関与したことを伝えたシーンをカットしたことについて、「この問題に関する見解が定まっていないからだ」と証言した。原告代理人が「あなたは先ほど、1993年に当時の官房長官、河野洋平氏が政府関与を公式に認めていることを知っていた、と言ったのではないか」と追及した。

 証言は計3時間にわたって行われたが、最後に裁判官が「NHKは毎年何人ぐらいの国会議員に予算の説明に行くのか。行くときに、特定の政治家に適した職員を選んだりするのか」などと聞いた。松尾氏は「数百名」と答えた。裁判官たちが「記者に誘導されたと言うが、そうだとしても、発言した内容が事実かどうかが重要だ」と指摘した。

 この松尾証言を大きく報道したメディアはない。朝日もベタ記事だった。

 12月21日には元デスクの長井暁氏が証人になった。長井氏は「安倍氏らが野島理事を通じて圧力をかけたのはまちがいない」と断定した。

靖国参拝厳しく批判

 安倍氏に象徴される「大東亜聖戦」イデオロギーの極右勢力との対決を完全に放棄した朝日新聞は、12月14日の「初サミット 日中がこれでは困る」と題した社説で、「主導すべき立場の日中が相互牽制に血道をあげるようでは、新しい枠組みへの期待がしぼむのも当然だ」「核となるASEAN諸国の努力とともに、日本と中国の協力が必須条件だ。それなのに、両国の首脳会談さえ開けないほどに関係が冷え込んでいるのは残念だ。両国の首脳にはそれだけ大きな責任があることを自覚してもらいたい」と述べた。

 ここでも「日中」両首脳の自覚を求めている。小泉首相の靖国参拝強行と日本の歴史わい曲の動きこそが、かつて日本に侵略されたアジア諸国の政府と人民から批判されていることをほとんど忘却している。 

 朝日では02年9月の拉致問題以降、日本の過去の植民地支配にかかわる記事が極端に少なくなった。及び腰なのである。

 11月25日、同志社大学で講演した羅鍾一・駐日韓国大使は「総理が本当に信念を持って靖国神社へ行くのだとしても、責任ある立場の政治家はそんなことをしてはいけない」「(靖国神社は)まともな外国の指導者なら誰ひとりも行くことのできない所。(総理は)自分のする行動が、日本の軍国主義によって犠牲になった人々にどんな影響を与えるかを考えなければいけない。それだけではなくて日本内部の過去回帰的な、 過去に郷愁を感じる一部の反動的な人々にどんなメッセージを与えているのかも考えなければならない」と小泉靖国参拝を厳しく批判した。

 また、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)と韓国の関係については「私はこの地域全体の不安定の要因を、近代化の過程における不均衡だと思っているし、これをきちんと管理しなければ、根本的な問題解決にならない」として、朝鮮への融和政策をとることについて理解を求めた。

 大使の講演から十数日後、ある教員が韓国のインターネット・メディアの発展について、「韓国には1985年ごろまでまともな言論がなかった。テレビもまだ歴史が浅い。そこへネットが急速に普及して、自転車に乗るか歩いていた人が、車に乗る経験を経ず、いきなり飛行機に乗っているような危険性がある」「米国の今を見れば10年後の日本が分かる」などと語っているのを聞いた。日本人の相変わらずの優越意識、民主主義を経済発展と結びつける米国の浸透理論の丸写しだ。

不当なレッテル張られ

 私は11月20日、大阪教育大学で開かれた国際高麗学会日本支部主催のシンポジウム「インターネット時代のメディアと市民参与」に招かれ講演した。韓国でネチズンの政治参加に関する研究で第一人者である朴東鎮氏(前、九州大学韓国センター客員教授)は「日本の学生たちになぜ政治に関心がないか」と尋ねると、「日本はすでに民主主義が十分に発達しているから、関心を持つ必要がない」と答えると語っていた。「日本では民主化の必要はあまりないと信じ込んでいる。韓国の民主主義はまだまだという韓国の若者と全く違う。国家間の格差、一国内の格差が拡大し、二分化、階級化が進んでいる。こうした矛盾を解決するためには、ネットを使った『電子的公論の場』を強化しなければならない」と強調した。

 日本では最も大切なことが黙殺される。反戦ビラ事件で、東京高裁が逆転有罪判決を言い渡した。ものを言いにくい雰囲気が強まっている。報道界でも、権力によるあからさまな弾圧ではなく、記者たちの自粛、自己検閲によって大事なことを伝えなくなっている。心ある新聞記者たちは「安倍氏を日本の首相にしてはいけない」と断言している。

 2年にわたる本紙の連載で、多くの在日朝鮮人だけでなく、日本人の中にも「よく書いてくれた」という励ましをいただいた。一方、「トイレの落書き」以下のレベルにある日本のネット上では、「朝鮮の工作員」「アカ」という不当なレッテルを張られた。 

 12月6日に福岡で行われた福岡市人権啓発センター主催の「人権を尊重する市民の集い」の私の講演会を前に、「救う会」関係者が組織的に妨害活動を行っていたことがわかった。関係者たちは私の書いた記事を持参して、「安倍晋三先生を批判している人間を講師にするのは、救う会への敵対行為であり、人権侵害だ」と主張したという。講演会の中止も検討されたが、予定通り実施された。

 極右勢力は私の言論そのものを封殺しようとしている。すべての市民にとって、こうした言論弾圧とたたかう時代がきた。(浅野健一、同志社大学教授)(おわり)

[朝鮮新報 2005.12.25]