〈月間メディア批評〉 メディアが作る「人権低国」 |
NHKが自民党の安倍晋三、中川昭一氏ら極右政治家の圧力で日本軍「慰安婦」問題を取り上げた番組を改変した問題で、「NHK受信料支払い停止運動の会」(共同代表=醍醐聰、東大教授)など14の市民団体が10月31日、朝日新聞社が第三者機関「『NHK報道』委員会」の調査結果を踏まえて「詰めの甘さ反省します」などの見出しで掲載した記事(10月1日付)について、朝日に質問書を提出した。 質問書は、朝日が陳謝したのを受けて、安倍氏が9月30日「われわれがねつ造だと指摘してきたことに(朝日は)全く反論できていない」と表明し、中川氏も10月7日、「迷惑をかけたなら謝罪なり説明をするのは常識だ」と述べている、と指摘した。 また、「市民が知りたい政治介入の真相がうやむやにされたまま、番組改変問題の調査、報道が幕引きされかねない状況に強い危惧を抱いている」と表明した。 そのうえで、「細部にわたる取材の裏付けにこだわった貴社の報道総括は、メディア全体の報道姿勢に萎縮効果をもたらすことが危惧される」などとして5項目で聞いている。 朝日は1月の記事を載せたあと、小泉純一郎首相の後継者の一人として「国民的人気」のある安倍氏と全面的に対決するつもりはさらさらなかった。韓国のネット新聞、オーマイニュースや「週刊現代」が安倍氏の朝鮮に対する二元外交について暴いている。ところが朝日はこの件について全く報道していない。 小泉首相は10月31日、内閣改造を行った。政治家として全く無責任な安倍氏を官房長官に、ディーセンシー(品格)に欠ける中川氏を農林水産相に任命した。NHKテレビは同日午後7時のニュースで、安倍氏の初入閣を大歓迎していた。同日夜、小泉首相の記者会見をテレビで見たが、質問する記者たちに権力を監視するという気迫は全く感じられない。最後に質問した産経新聞記者は「日朝協議が始まるが、拉致問題解決への決意をお聞かせください」と聞いた。 同日午後の新閣僚会見でも、「北朝鮮に対する経済制裁に賛成か反対か」という質問が相次いだ。もっとほかに聞くべきことがあるだろう。 「拘置所の改革を」 日本の政治も国際的に見るとかなり低水準だが、人権状況もかなり悪い。国連人権委員会が裁判官や法務省職員に人権教育を求めていることからも、人権低国だとわかる。その国の人権状況を把握するには、監獄(刑務所、拘置所)と精神病院を見ればいいとよく言われるが、私は10月26日、大学院生と一緒に神戸拘置所を訪れた。兵庫県西宮市の出版社「鹿砦社」社長の松岡利康氏に面会するためだ。 松岡氏は、出版物やホームページ(HP)で阪神タイガース元職員やパチスロ製造会社役員らを中傷したとして、名誉棄損罪に問われ神戸地裁(佐野哲生裁判長)で裁判を受けている。10月17日に初公判が開かれた。松岡氏が逮捕されたのが7月12日で、逮捕から3カ月も経っている。裁判については、「創」12月号を読んでほしい。 神戸拘置所は神戸市北区ひよどり台北町にある。JR三宮駅からタクシーでバイパスを利用して約20分の山中にある。拘置所は高い塀に囲まれ、建物の色はあせた灰色で暗い。 門衛所で荷物チェックを受けた。若い職員は携帯電話をロッカーに預けるように指示した。中に入ると待合室があり、そこで番号札を渡され、面会までしばらく待たされた。病院のような独特の臭いがする。トイレは汚い。どこの拘置所も同じだが、職員も横柄で無愛想だ。ここで働くのがいやで仕方のないような顔をしている。面会申請書に書いた字が読みづらいと言って、2回も呼ばれた。 小泉首相は拘置所の改革を実行すべきだ。面会人にこのような態度だから、拘置されている被疑者、被告人に対してはもっと横柄で、冷酷なのだろう。 やっと順番を呼ばれ、松岡氏と面会できた。狭い部屋の真ん中を透明の板が仕切っている。松岡氏の隣に拘置所職員が座った。 松岡氏は「初公判に来てくれてありがとう」と笑顔で迎えてくれた。「ここに入ってから、『犯罪報道の犯罪』を読み直した。20年前に読んだ印象と今読み返した印象は全然違う。以前読んだときは、難解なところがあるとも思ったが、今度はよくわかった。メディアの仕事の基本はやはり弱きを助け強きをくじくことだ。そういう意味で過去の出版活動を振り返って考える好機だと思っている」。 松岡氏自身の逮捕と起訴については、「これは国策捜査だ。本当に。権力の悪を調査報道する者は許さないという意思表示だ。警察、検察幹部が天下りしているアルゼのスキャンダルを暴いたことに対する、報復であり、ほかのメディアへの見せしめ的な強制捜査だ。もう50歳を過ぎたが、これからもがんばる」と述べた。 東京の主要紙が、今回の初公判を全く報じなかったことに関しては「表現の自由が危機にあるという認識がない。メディアが権力の一部になっているからだろう」と語った。 隣にいる職員は、会話を聞いてずっとメモをとっている。われわれの方は一度も見ずに、無表情で、下を向いてペンを走らせている。会話がすべて記録されている。日本国憲法で保障されている「通信の秘密」はどうなっているのだろうか。 日本の拘置所の中は、推定無罪原則が適用されていない。「人権」という言葉が存在しない。「お上」と「罪人」の関係のようだった。拘置所にいる市民は、裁判を受けている人たちだ。 面会を終え、坂道を下って「拘置所前」の三叉路でバスに乗った。裁判所は普通街中にあるのに、拘置所だけなぜ山の中にあるのか。 メディアが神戸地検による前代未聞の言論弾圧を批判すれば、身柄の早期保釈にもつながるのにと思う。 「公安の視線」で 警視庁公安部は10月14日、在日本朝鮮科学技術協会(科協)に対する強制捜索を口実に朝鮮出版会館を封鎖し、約5時間にわたって会館内の業務を中断させた。当局は13階建ての出版会館建物のわずか一部屋を捜索するのに100人以上の警察官を動員した。 この不当捜査に対する私の見解は本紙10月24日付に掲載しているが、日本のマスメディアの中で、公安警察による政治的捜索を検証したメディアは一つもない。警視庁は記者クラブに強制捜索をリークしていた。捜索開始時には報道陣が会館を包囲していた。 マスメディアは、警視庁公安部の記者発表と非公式な情報提供に基づいて、「公安の視線」だけで報道した。(浅野健一、同志社大学教授) [朝鮮新報 2005.11.6] |