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外国人学校一堂に会しフォーラム 手を取り合い、学校認可取得を

 神戸市の兵庫県私学会館で9月25日、「多民族共生教育フォーラム・2005」(実行委員長=林同春兵庫県外国人学校協議会会長)が開かれ、各地の外国人学校の教職員、保護者、彼らを支える弁護士、自治体関係者約210人が集まり、さまざまな国籍、民族の子どもたちの教育を受ける権利について話し合った。集会では、外国人学校が正規の学校として認められるよう、学校間のネットワークを作っていくことをうたった「集会宣言」が採択された。

朝鮮、韓国、中華、ペルー、ブラジル、アメラジアン、インターナショナルスクールなど各地の外国人学校が集まったフォーラム(9月25日、兵庫県私学会館)

 日本で増え続けている外国人学校が一堂に集まり、学校運営における諸問題を話し合うのは初めてのことだ。文部科学省の外国人学校差別を浮き彫りにした2003年の大学受験資格問題は外国人学校同士の横のつながりを強め、弁護士、市民たちの支える輪を飛躍的に広げたが、フォーラムはそのネットワークをさらに広げ、学校認可のための運動を本格的に取り組もうと企画された。集会では、兵庫県外国人学校協議会の林同春会長があいさつ。続いて同協議会の朴成必事務局長が、震災後に存続すら危ぶまれた外国人学校だったが、県下の外国人学校が協議会を立ち上げ力を合わした結果、日本政府の国庫補助や県や市の復興支援を受け、全壊したマリスト国際学校、神戸朝鮮初中級学校、伊丹朝鮮初級学校などを再建したこと、県からの補助金を3倍に増やし全国トップレベルに押し上げた成果を述べた。

 つづいて外国人学校の報告が続いた。蔡成泰・大阪朝鮮学園理事長、金総領・東京韓国学園常任理事、鄭永熙・神戸中華同文学校評議員、ブラジル人学校協議会会長のパウロ・ガルヴォン・エスコーラ・サンパウロ校校長、イスパーノ・アメリカーノのルイス島袋校長、アメラジアンスクールインオキナワのファド・マイケル校長、国際子ども学校を支援する会の横尾明親さん、京都インターナショナルスクールの土肥俊子理事らが、学校を立ち上げた思いや直面する課題を切々と訴えた。

外国人学校を支えようと、各地から210人が集まった

 各学校の報告を受けたあと、パネルディスカッション「私たちの共同課題とは」が行われ、丹羽雅雄弁護士の司会のもと、パネラーの田中宏・龍谷大学教授、林同春さん、パウロ・ガルヴォンさん、同胞法律・生活センターの金東鶴さんらが話し合った。外国人教育を制度的に保障するため日本のシステムをどう改善していけばいいのか、朝鮮学校などの権利獲得の経験を最近設立された他の外国人学校の課題解決にどう生かしていけるのか−。その方法論や論点について活発な議論がなされた。

 最後に発表された集会宣言では、日本政府に対して外国人の教育権を保障する基本法を制定することを求め、「外国人学校、民族学校ネットワーク」を結成し、来年中に第2回フォーラムを開催することが謳われた。

 また、26日には神戸朝鮮初中級学校、マリスト国際学校、神戸中華同文学校の訪問見学が行われた。

 今や日本に70数校もあるブラジル人学校を束ねるブラジル人学校協議会のパウロ・ガルヴォン会長は、フォーラム後の交流会で「われわれの学校が損をしていることがわかった」とこぼしていた。この言葉は、他の外国人学校が切り開いてきた権利獲得の経験、諸情報が共有されていない現実を物語るとともに、ネットワークの可能性をも象徴していた。

 ブラジル学校の多くは各種学校の認可すら取れず、有限会社など会社形態で運営されているものが多い。よって学校法人や各種学校に適用される通学定期券の割引、授業料の消費税免除、都道府県の助成金の対象にならない。現在、朝鮮、中華学校が取得している各種学校の認可は、日本政府の敵視政策が存在する中、朝鮮学校が所在する各自治体が民族教育に積極的な意義を付与して独自に判断したものだ。しかしながら、この権利すら新興の外国人学校は校舎が自前のものでないなどの理由から獲得できずにいる。

 フォーラムでは、不法就労しているフィリピン人の子どもたちの教育の問題、公的補助を充実させる問題、寄付金の優遇税制において朝鮮、中華など一部外国人学校が排除されている差別、さらには日本国籍者が外国人学校に通うことが就学義務違反になることまでに話が及んだ。総じて明らかになったのは外国人の学ぶ権利が日本の教育システムでは保障されていない現実だ。

 基調報告で師岡康子弁護士が「保護者、運営者の訴えに耳を傾けることから始めたい」と語っていたように、第一回目の今回はそれぞれの学校が学校を興した思い、切迫した課題を共有することに重きを置いた。問題は何から一緒に取り組めるのかだが、参加校はこの日実現した連携を続けて維持、拡大していくことで「共通の課題」を探っていくことを確認していた。

[朝鮮新報 2005.10.4]