〈月間メディア批評−上−〉 ワンサイド「観戦」した村上龍氏の独善記事 |
妄想でしかない 6月15日の本紙で書いたように、私はフリーランスとして、アジア・サッカー連盟の許可を得て6月8日、バンコクのスパチャラサイ競技場で行われたサッカーの2006年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本対朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)第2戦を取材した。 この試合は本来平壌で開かれるはずだったが、国際サッカー連盟(FIFA)が朝鮮に対して、「第三国・無観客」という厳しい処分を下し、バンコクでの開催となった。 この試合を扱った記事のなかで、6月9日付読売朝刊の「サッカーW杯予選北朝鮮戦 村上龍さん観戦記『熱気切り裂いた爽快ゴール』」の記事はとりわけ大問題だ。 記事の一部を抜粋する。「今、胸に金日成バッジをつけ、VIPというIDパスを握った一団がわたしのまわりに座った。ここは北朝鮮のベンチ裏だった」「しかも、わたしを囲んだ『北朝鮮のVIP』たちの集団は、サッカーというゲームを知らない人たちばかりだった。金日成バッジを胸で輝かせているおばさんたちは、状況に関係なく選手がボールを持てばそれだけで耳障りな嬌声を上げるし、日本にボールが移ると、別に危険な局面ではないのに金属的な悲鳴を上げる。後半になると、わたしは、『これは、チームとしても、応援団としても、まったくリスペクトできない』とはっきりと結論を出した」 「本紙は、作家の村上龍さん(53)をタイ・バンコクのスパチャラサイ国立競技場に特派しました」 スタンドの中は完全に自由席だった。村上氏は自分から朝鮮ベンチ裏の2階スタンドに座ったわけで、「取り囲まれた」というのは妄想でしかない。私の撮った写真にも村上氏は写っているが、彼の周囲にはタイ人、日本人が多数いた。 「胸に日本企業のバッジをつけ、VIPというIDパスを握った一団」が日本ベンチ裏のスタンドをはじめ、あちこちにいたことを村上氏は書かない。「北朝鮮」の観客が多数いて、声援を送ったということになる。まったくのでっち上げ記事だ。 朝鮮ベンチ裏のスタンドにはタイ駐在の韓国人の姿もあった。日本代表の青シャツを着た人も含め日本人も多数いた。 バンコクにある朝鮮大使館関係者が数十人いたがスタンドのごく一部だった。朝鮮からバンコクに来たのは選手とコーチ2人だけだ。平壌の報道機関からも1人も来ていない。 村上氏がどういういきさつで、読売の取材団に入ったのか、なぜ作家が無観客試合を「観戦」できたのかについて、6月20日、読売新聞東京本社に質問書を送った。読売新聞広報部は6月21日、「村上龍さんの観戦記など紙面で明らかにしている通りです。個別の記事の取材経過や記事掲載の判断に関することは、原則として公表しておりません」という回答文をファクスで送ってきた。 「紙面で明らかにしている通り」というだけでは回答になっていない。読売から取材を受ける個人や団体は、こういう理由で回答を拒否すればいいだろう。 当日許可300人も 日本サッカー協会(JFA)の手島秀人広報部長は「村上氏は読売の取材陣の一人として、平壌に行きたいと言ってきたが、平壌の取材申請は4月中旬に締め切っていたので、間に合わなかった」と述べた。 平壌の日本の報道陣は記者100人、カメラ50人と決まっており、JFAが朝鮮総連を通じて申請してあった。 手島部長は「その後、FIFAがバンコク開催を決めて、取材申請をやり直した。読売が村上氏をリストのなかに入れてきた。日本から当初270人がAFCへ申し込み、意外にも全員が認められた。実際に取材したのは記者166人、カメラ87人の計253人だった」と述べた。 手島部長は「高校生が報道のパスをぶらさげていた。当日許可された報道関係者が300人もいたようだが、JFAはそれには全く関与していない。バンコクの日本関係機関などが、かなり強引に許可証を得たのではないか。VIPも両国の大使館関係者に限られていたはずなのに、かなりの日本人がいた。ゴールの際に大きな拍手が起き、応援があった。これはいったいどういうことかと思った。試合のしきりはFIFAとFIFAが実務を委託したタイ・サッカー協会が行ったので、JFAは何もできなかった」と述べた。 手島部長は「JFAを通して取材申請した報道機関のみなさんは、節度ある取材をしたと思うが、報道パスやVIPパスを持って、応援した日本人がかなりいたのは事実だ。ルール違反だ。スタジアムに入れなかったサポーターは我慢しているわけで、許されないことだ」と認めた。 「囲まれた」とデマ 村上龍氏は夕刊フジ(6月25日)の「ぴいぷる」の「村上龍 新著『半島を出よ』が話題 綿密な人間描写」という見出し記事のなかでも、朝鮮をおとしめる発言をしている。 「執筆にあたっては、脱北をした北朝鮮国民と会って取材をしたという。出版後、タイで行われたW杯最終予選の日朝戦で、北の特権階級に囲まれながら観戦する機会もあった。例の無観客試合だ。 『白昼のスタジアムで何が起こるわけではないけど、金日成バッジをつけた人に囲まれると、やっぱり緊張しますよ』」 村上氏は私が日刊ベリタ(www.nikkanberita.com)などで、正面スタンドを埋めたのは日本人であり、「北朝鮮応援席」などなかったことを指摘しているのに、再び、「金日成バッジをつけた人に囲まれ」た、などというデマを繰り返したのだ。 フィクション、物語の世界で「北朝鮮」について著述する「表現の自由」は認めよう。しかし、「6.8」バンコクの出来事について、作り話を書くことは許されない。 日本はバンコクでの日朝戦を金で買ったという疑いのあることを示す新聞記事があった。6月9日の産経新聞(東京)朝刊だ。「サッカーW杯最終予選 協会、好アシスト チャーター便など環境整備」という見出しの記事は次のように書いている。 「チャーター便に専属コック、入念な下見と環境整備−。W杯最終予選で日本代表を支えたのは、日本サッカー協会の手厚いサポートだった。…移動時間の短縮に選手は気も使わずリラックスできた。イラン選前のドイツ合宿に向かう機内で、FW大黒は選手専用のビジネスクラスからエコノミークラスの4席が並ぶシートにきてストレッチ運動をしていた。 安全な日本食を提供するため、イラン遠征に2人、連戦となる今回の中東・タイ遠征には3人の日本人コックを帯同。宿泊ホテルの調理場の一部を使って食事を作り消耗が激しい選手を支えた」 FIFA管理のゲームで、両チームの待遇は同等でなければならないのに、日本は超一流のコンラッド・ホテル、朝鮮はビジネスホテルのラディソン・ホテル。飛行機も朝鮮はエコノミー。「ボールの前では平等」がサッカーのよさだったのだが、日本は金と人を総動員した。(浅野健一、同志社大学教授) [朝鮮新報 2005.7.1] |