〈月間メディア批評−上−〉 共謀して歴史を偽造 |
言及自体が論議対象 次期首相の有力候補者とされる政治家らが、日本を代表する報道機関であり公共放送のNHKに対し、憲法違反の検閲を行った強い疑いをもたれてから、1カ月になるが、日本の報道界はこの事態を「表現(報道)の自由」への重大な侵害と一致してとらえる姿勢にない。 1月12日に安倍、中川両氏の検閲行為を暴くスクープ記事を書いたのは本田雅和記者らであった。翌日には長井暁チーフ・プロデューサーが記者会見して、朝日新聞報道を裏付けた。 中川氏は当時、「慰安婦問題」などに関する教科書の記述を監視≠キる「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」代表で、安倍氏は同会元事務局長だった。 安倍氏が「呼びつけてはいない」とか、中川氏が「面会は放送後」などと主張するなど、細かな点で関係者の言い分は異なっているが、しっかり確定している事実がある。安倍氏が放送前日の1月29日に首相官邸でNHKの松尾武放送総局長、国会対策担当の野島直樹担当局長らと会い、「既に永田町で話題になっていた問題の特集番組について、ひどい内容になっていると聞いていたので、ちゃんと公平、公正にやってください」(1月16日のフジテレビ番組など)と発言し、その後、29日深夜と30日の番組オンエア数時間前の2回、番組の質的改変が行われたという点だ。 国政への決定的影響力を持つ与党国会議員が、放送前の特定の番組の内容を問題にして、「公平、中立」について言及したこと自体を論議の対象とすべきであり、安倍氏らとNHKには、疑惑や嫌疑について市民に説明する責任がある。 しかし、日本のエリート報道機関の「NHK対朝日新聞の泥仕合」に問題が歪曲、矮小化されてきた。それも、「報道の自由」を何よりも大切にしなければならないメディア自身の裏切りによってである。 「慰安婦問題」に消極的、否定的姿勢を持った読売新聞、産経新聞、新潮社、文芸春秋、小学館などは、安倍氏とNHK幹部と歩調を合わせるかのように、女性戦犯法廷そのものを「偏向」と攻撃し、「改変は当然」などと論点をすり替えて、結果的に権力者とNHKを擁護している。 「根拠を示せ」「取材テープを出せ」などと取材経過の開示を迫るメディアもある。また、朝日新聞の本田記者とNHKの長井氏を誹謗中傷する週刊誌なども少なくない。 安倍氏やNHKと共謀して歴史を「捏造」するメディアを見てみよう。 悪意に満ちた読売 日本最大の新聞社である読売新聞は1月15日の「『NHK番組問題』不可解な『制作現場の自由』論」と題した社説で、「公正な放送のために、NHKの上層部が番組の内容を事前にチェックするのは、当然」「そもそも従軍慰安婦問題は、戦時勤労動員の女子挺身隊を『慰安婦狩り』だったとして、歴史を偽造するような一部のマスコミや市民グループが偽情報を振りまいたことから、国際社会の誤解を招いた経緯がある。偏向しないバランスのとれた報道が必要だ。それが、NHKの責務である」と述べた。 国連が繰り返し日本政府に国家補償を命じている「日本軍慰安婦」(国連は性奴隷と表現している)について、ここまで悪意を持って書いた新聞を知らない。まさにセカンド・レイプだ。 「週刊新潮」1月27日号は「『特集』 朝日『極左記者』とNHK『偏向プロデューサー』が仕組んだ『魔女狩り』大虚報」と題して、「その記事たるや、事実確認を尽くさないお粗末きわまりない代物だった。この茶番劇を演出したのは、2大メディアの『極左記者』と『偏向プロデューサー』。世紀の大虚報はいかにして仕組まれたか−」と書いた。 「週刊文春」2月3日号は「NHKも朝日も絶対報じないそれぞれの『恥部』」という大見出しで伝えた。リードは「ズサンで節操のない番組作りを批判する側の取材もズサンきわまりなかったというお粗末な闘いである」と述べるが、朝日攻撃がほとんどだ。 「泥沼対決 識者9人の『軍配』」という見出しの記事では、「各界の識者九人に行司役をお願いし、あえて『どちらが負けたと思うか』を答えていただいた」として、福田和也氏らのコメントを載せている。中でも、長谷川三千子埼玉大学教授の「慰安婦問題の企画自体、公共性を欠いています」という見出しの記事はすさまじい。 「もっと大事なことは、その呼び方さえ不正確な『従軍慰安婦』制度が性暴力などではない、ということです。戦時性暴力とは、停戦後の満州になだれ込んだソ連兵のすさまじい強姦などを指して言うべき言葉。『慰安婦制度』は端的な売春制度で、当時はどの国でも認められていたものの一つにすぎません。 そうした基本的事実を改めて自分たちの頭で考え直そうともせずに、『言った、言わない』の水かけ論に精を出している朝日とNHKを見ていると、『だめだこりゃ』と呟かざるをえないですね」 公立大学の教員がここまで無知をさらけだしては、こっちのほうが「だめだこりゃ」と言いたくなる。 このほか、「正論」、「諸君」、「SAPIO」、「文芸春秋」などが極右文化人や御用学者を総動員して、本田記者らに関するプライバシーを暴いて非難している。これらの情報の出所は、公安警察であろう。公安から得た情報を右派メディアに流しているのは誰かも容易に想像できる。 「新潮」の報道は虚報? しかし、日本のメディア界で、番組改変への政治家関与を最初に伝えたのは「週刊新潮」であった。01年2月22日号の記事「NHKが困惑する特番『戦争をどう裁くか』騒動」で、右翼がNHKに押しかけて放送中止を迫ったこと、「番組制作局長が自民の大物議員に呼び出されクギを刺された、という『局内で流れていた』噂」を紹介し、「もしNHKが この記事で言う「大物議員」が、安倍、中川の両氏だったことを本田記者らは調査報道で明らかにしたのだ。「週刊新潮」の4年前の記事も「魔女狩り虚報」だったのだろうか。 NHKが1月14日から、ニュースの中で、長井氏の告発に「反論」し、19日の「ニュース7」では、松尾武放送総局長(当時)の記者会見などを10数分流し、朝日記事は誤報で訂正、謝罪を求めるなどと伝えてきたのは「公共の電波の私物化」だ。 民衆法廷を主催したVAWW−NETジャパンと「NHK問題を考える東京大学教員の会」が2月5日、東京大学で緊急集会を開いた際、NHKは放送された番組の上映について著作権を盾に断った。著作権は、作品を使って商売する際に発生する権利であり、例外として認めるべきではないか。(つづく)(浅野健一、同志社大学教授) [朝鮮新報 2005.2.21] |