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〈月間メディア批評〉 歴史をねつ造したのは安倍氏らではないか

 拉致事件被害者の家族が全国各地で講演活動を行っているが、公共放送のNHKは常に全国ニュースの中で取り上げる。1月になってからも、香川県の小豆島で被害者家族が「朝鮮のようなあんなひどい国に住んでいると思うとつらい」などと講演したと伝え、県立小豆島高校の新聞部の生徒が感銘を受けたと報じた。また、早稲田大学での講演では中国人留学生の「真実を伝えなければならない」というコメントを流した。

 被害者家族が一日も早い救出を訴え、朝鮮を批判する感情は十分理解できるが、公共放送として、一方の当事者の声だけを伝えるのはフェアではないと思う。民放各局も「北朝鮮は崩壊寸前」などと叫んでいる。国連に加盟している国を、連日、悪の帝国のように中傷しているのは極めて非正常だ。 

 被害者の家族たちも、当初、植民地支配の犠牲になった在日朝鮮人に共感を示すような発言もしていた。ところが、被害者家族は「新しい歴史教科書をつくる会」など極右団体の集会に参加し、拉致問題を政治的に利用しようとした歴史修正主義者や自民党の極右勢力に囲い込まれてしまった。

 日本の政府と国民のほとんどが、過去に朝鮮など外国の人民を拉致、監禁、強制労働させたことについて責任を取らず60年がたとうとしている。過去の罪を償おうとするどころか、日本の極右勢力と御用メディアは、歴史を改竄してきた。そのリーダーが安倍晋三・現自民党幹事長代理(東京裁判のA級戦犯、岸信介氏=東条内閣の商工相=の孫)である。

 その安倍氏の危険な本質を表す事件が起きた。朝日新聞は1月12日、NHKが2001年1月に放送した「裁かれた戦時性暴力」の番組改竄事件で新事実を報じた。本田雅和、高田誠両記者の署名入りだ。

 特集番組で「戦争をどう裁くか」4回シリーズの第2回として、01年1月30日夜に教育テレビで放送された「問われる戦時性暴力」。旧日本軍慰安婦制度の責任者を裁くために市民団体が00年12月に東京で開いた「女性国際戦犯法廷」を素材に企画された。

 中川昭一・現経産相と安倍氏が放送前日にNHK幹部を呼んで「偏った内容だ」などと指摘していたことが分かった。NHKはその後、番組内容を変えて放送していた。番組制作にあたった現場責任者が昨年末、NHKの内部告発窓口である「コンプライアンス(法令順守)推進委員会」に「政治介入を許した」と訴え、調査を求めている。

 また、翌日には4年間も悩んだという長井暁チーフ・プロデューサー(NHKの現場制作責任者)が実名と顔を出して記者会見して、朝日新聞報道を裏づけ、「NHKが海老沢会長体制になって以降、権力の介入を恒常的に受け入れる体質を作ってきたことが最大の問題」などと批判した。

 朝日記事はなぜ1面トップではないのかという疑問はあったが、久々のすばらしい記事だ。中川氏は「NHK側と会ったのは放送後だ」と発言内容を変え、朝日の記事は名誉毀損だと非難した。

 また安倍氏は「報道ステーション」(1月13日)、「ニュース23」 (1月13日)、「サンデーモーニング」(1月16日)、「サンデー・プロジェクト」 (1月16日)など各テレビ局に生出演して、放送前日にNHK幹部と会ったことは認めたうえで、次のような発言を繰り返した。

 「悪意のある捏造だ」

 「(女性国際戦犯法廷)は謀略。当時、拉致問題が問題化しているなかで、北朝 
鮮を被害者の立場にすることで、この問題の鎮静化を図ろうとしていた。大きな工作 
の中の一部を担っていた」

 「(民衆法廷の)検事に北朝鮮の代表者が二人なっている。工作活動していると認定されている 人たちを裁く側として登場させているというのも事実」

 「放送から4年もたって、なぜ今ごろとり上げられるのか。北朝鮮に厳しい私と中川経産相を狙い撃ちにしており、何か意図を感じざるを得ない」

 また安倍氏は、「私が呼びつけたのではなく、予算と事業計画の説明に来た」と述べた。告発会見を開いたNHKのチーフ・プロデューサーに対しても「全部伝聞で言っている」と批判した。

 全く苦しい言い逃れである。安倍氏は、憲法21条に違反して表現の自由を侵害した自分の罪を免れるために、番組の主体である「女性国際戦犯法廷」を「模擬裁判ともいえない裁判」「最初から結論ありきと見え見え」と述べて、貶める作戦に出ている。

 テレビ関係者は民衆法廷を模擬裁判と捉えるなど不勉強で、安倍氏の詐術を見抜けていない。

 私は00年12月に東京・九段会館で開かれた同法廷に参加した。かつて取材した東ティモールの元慰安婦も参加していた。法廷の記録は書籍、ビデオで公開されている。この法廷について、海外のメディアは大きく報道したが、読売新聞は一字も報じなかった。
拉致問題が問題化したのは2002年9月17日の日朝首脳会談からだ。民衆法廷はその約2年前に開かれたのであり、朝鮮を被害者の立場にした工作活動の一環であるなどという安倍氏の主張は事実無根である。

 法廷に「北朝鮮検事団」というのは存在していなかった。朝鮮と韓国は一 つとなって「南北コリア検事団」(韓国から5人、朝鮮から4人、計9人で構成)が 結成された。南北コリア検事団長は韓国の検事(朴元淳)であった。「法廷」には南北コリア(韓国と北)だけで なく、ほかに中国、台湾、フィリピン、インドネシア、日本も検事団が参加した。検事団は組まれなかったが、オランダ、東ティモールからも被害者の証言が行われた。

 安倍氏に「工作員」と名指しされた黄虎男氏は、2000年当時「従軍慰安婦」・太平洋戦争被害者補償 対策委員会の事務局長書記長で、小泉首相と金正日国防委員会委員長との首脳会談で、2回とも通訳を務めている。

 安倍氏が「拉致問題などで北朝鮮に厳しい私たちを狙った意図を感じる」というのは全くの筋違いである。

 また、NHKが14日の一日中、一般ニュースの中で約2分、長井氏の告発に「反論」していたのはまさに「電波の私物化」というものだ。

 朝日は18日、NHK問題の取材経過を詳しく報じたが、NHKは記事に載ったNHK幹部の証言について、「誤った内容の記事が一方的に掲載された。取材方法などに大きな疑問を抱いている」などと抗議、訂正を求める文書を箱島信一・朝日新聞社長あてに出した。また19日の「ニュース7」では、松尾武放送総局長(当時)が記者会見し、「朝日の記事でNHK幹部とされているのは自分だ」と述べた模様を十数分オンエアし、朝日記事は誤報で訂正、謝罪を求めると伝えた。これに対し、朝日新聞は20日の紙面で全面的に反論し、NHKに抗議した。

 NHKは長井氏を孤立化させる作戦だろう。長井氏に続く告発者が出ることを期待する。そうでなければNHKは解体してしまうだろう。

*民事裁判が審理延長へ

 NHKの番組改竄問題では取材を受けた「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW−NETジャパン)がNHKなど3社に損害賠償を求める民事訴訟を起こし、東京高裁で控訴審が審理されている。当初、1月17日に結審する予定だったが、安倍氏らの「政治介入」報道により新たな事実が判明したため、VAWWも被告側3者のいずれも意見書などを提出した。VAWWは、安倍晋三・中川昭一の両議員と、NHKの海老沢勝二会長、松尾武氏(当時放送総局長)、野島直樹氏(当時、総合企画室局長)、そして長井暁氏の6人を証人申請した。

 私は東京高裁812号法廷で開かれた控訴審第3回口頭弁論を傍聴した。定員30人程度に対し、傍聴希望者約70人が集まり、入場は抽選となったが運よくくじが当たった。

 秋山寿延・裁判長は、「報道された事実とこれまでの主張との関係、結論への影響などについてさらに主張が必要。その上で、事実解明の必要があるかを判断したい」などと述べ、結審の延期を決定。次回控訴審口頭弁論は、4月25日(月)午前11時からとなった。

 NHKは自主的に番組を改変したというなら、政治介入がある前に既に完成していた番組を、改竄されてオンエアされた番組と共に放送して、視聴者の判断を仰ぐべきではないか。

 NHKが右翼の脅迫を受け、それと政治家の圧力があいまって、番組改ざんが海老沢勝二会長らNHKトップの指示で行なわれたことが問題の本質である。民衆法廷の位置づけで論じるのではなく、政治家が表現の自由を侵害したという一点で、メディア界は一致して長井氏らを支援すべきである。思い出してほしい。今から1年前、「週刊文春」が田中真紀子元外相の長女の私事について報道して裁判所が出版差し止めの仮処分を出した際、メディア、文化人の多くが「言論の自由の危機」と叫んだではないか。

*もう一つの「遺骨」問題

 1月15日午前のフジテレビを見ていたら、アナウンサーが「核を持つ独裁国家、北朝鮮」と言い放った。出演している権力御用文化人たちは、朝鮮を「ならず者国家」と形容して、今こそ経済制裁を発動すべきだと繰り返した。

 小泉首相の靖国参拝問題では竹村健一氏らが、「国際社会全体が参拝を全く批判していないことを中国は理解すべきだ」と強調していた。日本の首相による靖国参拝を批判しているのは中国だけではない。日本に侵略されたアジア太平洋の国々のほとんどの人民が問題視している。

 経済制裁は宣戦布告に等しいのだが、各種の世論調査によると日本国民の70%以上が、朝鮮民主義人民共和国(朝鮮)に経済制裁を加えるべきだと考えている。こうした非正常な世論をつくりあげてきたのが、極右政治家と企業メディアなのだ。

 日本政府は12月24日、朝鮮が提供した安否不明の拉致被害者10人に関する物証などについての精査結果を発表した。発表では、先の朝鮮の説明は受け入れられないと断定した。根拠は、「横田めぐみさんのものとされた遺骨からは別人のDNAが検出された」「鑑定、精査結果は科学的な根拠に基づいたもの」という内容だった。新聞各紙は政府発表に対して懐疑的視点を全く持たず、「うそばかり」「全部でたらめ」などと激しく非難した。

 「北朝鮮バッシング」報道は年末年始の新聞やニュース番組で頂点に達し、朝鮮がまるで「悪の帝国」であるかのように決め付けた。

 日本のメディアは政府発表を鵜呑みにしていいのだろうか。「週刊金曜日」12月24日号の「論争」欄に、「遺骨のDNA鑑定結果をめぐる歪んだ解釈」と題した義井豊氏(在ペルー)の論稿が載っている。この記事は、政府が鑑定を依頼した科学警察研究所は、提供された遺骨からDNAが抽出できなかったとしてその鑑定にまで至っていないと指摘している。

 《政府は、なぜかこの帝京大学の結果を当然のように結論として採用した。果たして、その結果といわれる内容と採用の仕方に科学的根拠と正当性があるのだろうか。》

 《法医学のための設備として世界的な環境にあるはずの科警研が検出できなかったこともまた、無視すべきではない結論のはずである。》

 《片方の結果を採択したその根拠に対する科学性がなく、まったく意味不明な結論の出し方といわざるをえない。さらにそこから、北朝鮮の不誠実を言うのは、あまりに性急である。食糧援助を中止し、経済制裁云々の決定につなげることには、科学的分析の方法を歪曲して政治的に利用している》

 帝京大学医学部が権威を持ち、信頼できる研究機関であろうか。「別人の骨」だとなぜ断定できたのか。別人の骨と断定するのなら、なぜ朝鮮に返さないのであろうか。

日本の極右政治家・メディア幹部は拉致被害者の遺骨に関して、朝鮮を全面的に非難するが、日本の強制占領時代に殺されたおびただしい数の朝鮮人(当時は日本人とされていた)の遺骨は今も日本国内だけでなく、日本が侵略したアジア太平洋の各地をさまよっている。

 例えば、東京・目黒の祐天寺には、朝鮮半島出身の元日本軍人、軍属の遺骨が仮安置されている。朝日新聞によると、「朝鮮人強制連行真相調査団」は12月17日に記者会見し、元軍属のなかに、祐天寺に「遺骨箱」がありながら実際には遺骨はない上、靖国神社に合祀されていた例があることを明らかにした。《この元軍属は、1943年に23歳で戦死した朝鮮半島北部・平安北道出身の金龍均(日本名金山龍均)さん。朝鮮在住の遺族に代わり、調査団が13日、厚労省から金さんの書類を取り寄せた。

 書類の「遺骨」「遺留品」の欄には、「無」にマルがついていた。11日に祐天寺で金さんの遺骨箱の中を見た同調査団の洪祥進事務局長によると、箱には布に包まれた厚紙だけが入っていた。厚労省は「遺骨は収集できなかった」と説明したという。遺骨は合葬や分骨が繰り返され、韓国の遺族に返還された遺骨箱にも、中に石や砂しか入っていない例があったという。》 

 昨年12月11、12の両日に行われた「祐天寺に残された遺骨から今、戦争と平和を考えるシンポジウム」には、朝鮮に住む2人の遺族が付き添いの3人と共に朝鮮代表団として参加する予定だった。ところが、法務省は、5人のうち遺族2人だけの入国を許可し、ほかの3人については入国を拒否した。祐天寺に遺骨が安置されている遺族2人は高齢のうえ日本語がわからないため、朝鮮対外文化連絡協会の日本局副局長ら3人が通訳などで随行するはずだった。遺族だけでの入国は事実上不可能で、来日できなかった。

 TBSの報道特集が1月16日に特ダネで報じた、脱北者が持ち出したとされた写真に写っていた男女が、北海道出身の男性と鳥取県出身の女性と「同一人物の可能性が高い」と報道した問題で、TBSと特定失踪者問題調査会は19日記者会見し、「写っていたのは韓国在住の脱北者男女。2人とも自分たちは日本人ではないと言っている」と説明し、斉藤さんと松本さんの家族に陳謝した。

 TBSは写真の提供者に「対価を支払った」ことを認めた。このでっちあげ写真に関しても、大学教授が同一人物と鑑定していた。

 TBSだけでなく、この写真に関するニュースを報じた報道機関は、朝鮮の政府と人民にも謝罪すべきではないか。

 共同通信の記者になったころ、先輩の写真部記者が、九州の炭鉱で強制労働させられた朝鮮人労働者の墓石に姓名がなく、番号しかない写真をみせてくれたことがある。
NHKなど日本のメディアは「公正で正確な報道」を看板に掲げるなら、60年間放置されている朝鮮の人たちの拉致被害についても、取材と報道を怠ってはならない。(浅野健一、同志社大学教授)

[朝鮮新報 2005.1.22]