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キンモクセイの香り

 ふとした何かにシンクロして、思い出の再生ボタンがオンになるときがある。それは音楽だったり、風の温度だったり、空の色だったり…。

 先日、外へ出ると、キンモクセイの香りが漂っていた。それに同調するように、12年前、初めての出産予定日を半月後に控えた、あの頃がよみがえってきた。高く青い空、乾いた心地よい風。もうすぐ初めてのわが子に会える。体調もすこぶるいい。幸福感に満たされた時間…のはずだった。なのに本当は、心の中は、不安の塊だった。

 子どもを産んで親になること、自分の中でそのイメージは、あまりにも抽象的だった。出産の日が待ち遠しく楽しみであることには違いなかったが、心の中の不安と心細さは消せずに宿っていた。あの時のつかみどころのない心細さと情けなさが、キンモクセイの香りとともに、鮮やかに思い出された。

 産んだあともけっこう情けない母親で、理由もなくブルーになり泣きべそをかいたり、悩んだりもしたが、その度義母や家族みんなに支えられながら、気がつくと上の子はもう6年生。身長もあと2aで越されてしまう。自分自身もいつの間にか偉そうに親をやっている。

 キンモクセイが、秋がくる毎に、忘れずきちんと甘い香りを私たちに届けてくれるように、私も周囲に支えられながら今日まで子どもとともに成長してこられたことへの感謝を、いつも忘れずに、過ごしていかなければ。

 思い出の再生スイッチがオンになるたびに、思い出と一緒に自分の姿を振り返るのも、いいかもしれない。(李友子、会社員)

[朝鮮新報 2004.10.25]